2009年6月16日 (火)

三沢光晴選手を悼む

昨今の不況の中、今まで絶対的な価値観を保っていたモノが、ある日突然無くなる。
そんな現象が日常茶飯事になってしまった。

もしキミが、羅針盤も航海図も持たず、大海に乗り出したとしよう。その時に頼るべき絶対的な価値観を持つモノは何だろう? それは、豊富な経験と何物にも耐え得る強さと明確な意志を持った船頭に違いない。

それが、三沢光晴という存在だった。

偏屈先生は、いわゆる「ノアヲタ」というセグメントに相当する人種である。その根源はジャイアント馬場さんだ。一見鉄面皮に見える偏屈先生だが、実はもの凄く涙もろく、一生懸命な選手のファイトを見ているだけで涙があふれてくるので、プロレスを見るのは控えていたのだが、馬場さんとその愛弟子だけは見過ごすわけにはいかなかったのである。
数多い愛弟子たちの中でも特に有名なのが「四天王」……三沢、川田、小橋、田上の4人であった。この4人によるハイスパート・レスリングは確かに一世を風靡したが、その代償として失ったものも大きかったはずだ。いわゆる、「カウント2.9プロレス」……タフマンコンテストとも揶揄されるそのスタイルは、技をすべて受け、耐えて耐えて耐えて、起きあがって倒されて、また起きあがって……ああ、なんて辛い「戦い」なんだろう!

プロレスは八百長であるという。また、ショーに過ぎないと。
そうかもしれない。しかし、僕らはそんなスタイルが好きだった。
「もっともっと」と声を張り上げていた。選手たちの身体は、当然のようにボロボロになっていった。

時間というのは残酷なものだ。
昔できた技ができなくなる。昔取れた受け身が取れなくなる。でも、僕らは「もっともっと」と叫び続けている。

今回の三沢選手の「死」は事故だ。それは断言できる。
これで死ぬくらいなら、三沢なら100回くらいは死んでいる。スティーブ・ウィリアムスの殺人バックドロップはもっと急角度だった。小橋健太のバーニング・ハンマーはもっと強烈だった。
しかし、三沢は立ち上がってきたのだ。
アキトシは普通の技を掛けただけなのだ。しかも、これは選手権試合ではないか! 何を遠慮する必要がある? せっかく見に来てくれた2,300人のお客様に、手加減ファイトを見せられるのか?

アキトシは、胸を張って堂々と生きるべきだ。
そうでなくては、社長のファイトを否定することになる。三沢が、命を張ってまで築き上げてきたファイトを、そのスタイルを……!

もし、三沢選手を殺した者がいるとすれば、それは我々である。ファンである。
五体ボロボロになって、それでも最前線でファイトを続ける三沢選手に、我々は満足できなかった。衰えを嘆き、休息を毒突き、停滞を笑った……それは他でもない、我々がやったことだ。

彼のプロレス美学は、それを許さなかっただろう。誰よりも歯痒かったのは三沢選手自身だったはずなのだ。

彼が最後に成し遂げようとしたこと、それは後継者たる若手を引っ張り上げることだった。そのために、崩壊寸前の身体に鞭うって、彼は戦ったのだ。最後の一戦は、その若手と組んでタッグ選手権を勝ち取るためのものだった。
もし、プロレスが台本通りに進むものなのであれば、誰がこんなに苦労するだろう?
動かない身体で、「醜い豚」とまで言われたその肉体で、頸髄が離脱するほどの衝撃を受けてまで。

三沢選手を殺したのは、我々ファンである。
しかし、彼はそうは思っていないはずだ。そんな輩じゃないのだ、三沢は!

つまり、彼を殺したのは、彼のプロレスである。
プロレスに殉じた漢、三沢光晴。
そんなバカ野郎を、我々は決して忘れてはならない。

ただ、どうにかしてくれ、三沢よ。
僕らの、そしてご家族の胸に、大きな穴がぽっかり空いてしまったんだよ。

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2009年5月10日 (日)

100点満点で1万点

まあ、予想は当たったと言えるでしょう。
パヒュの国立代々木競技場第一体育館ライブ「ディスコ! ディスコ! ディスコ!」のオープニングナンバーは、やはり『ワンルーム・ディスコでした

別に先生の言葉を聞いたわけじゃないでしょうが、結構テーマ性があって、そういう意味では「芯の通った」構成になっていたと思うのです。
問題はセットリストなのですが……以下の通り。まあ、四の五の言わずに見てくださいな。

1. ワンルーム・ディスコ
2. ポリリズム
3. シークレットシークレット
4. edge(Brack Ver.)

---MC---
5. コンピューターシティ
6. plastic smile
7. マカロニ

---MC---
8. love the world
9. SEVENTH HEAVEN(!!!!!!!!)
10.NIGHT FLIGHT(新曲)

---おちゃらけVIDEO(以下メドレー)---
11.Baby cruising Love(Disco Ver.)
12.GAME(Disco Ver.)
13.Twinkle Snow Powdery Snow
14.コンピュータードライビング
15.おいしいレシピ
16.リニアモーターガール
17.セラミックガール
18.スウィートドーナッツ

---MC---
19.Dream Fighter
20.パーフェクトスター・パーフェクトスタイル
21.ジェニーはご機嫌ななめ
22.チョコレイト・ディスコ
23.Puppy love

---ENCORE---
24.Perfume
25.ねがい

おおっ! な、なんと以下の定番曲がない!

■エレクトロ・ワールド
■wonder2
■Take me Take me

いやー、エレワがないのはヤバイでしょ。なんか足りないなと思っていたら、これだったのね。
しかも、中盤のディスコメドレーでは、BcLもGAMEもセラミックガールも適当に演ってましたしね。しかも、ポリをこんなに早く演っちゃうわけ?と、頭の中は「?」だらけ。
でも、考えてみればこれはこれでいいんですよ。7月に3rdアルバムが出て全国ツアーをやるらしいですけど、それはまた別のテーマになるでしょうしね。

で、そのツアーなんですが、先生は絶対に行きません。
もう満足なんです。
何故かって? それは、今回『SEVENTH HEAVEN』を観ることができたから。これを観るまではライブに通おうと思っていましたが、大願成就。100点満点で1万点なのは、このせいです(笑)。
あー、良かった。

新曲の『NIGHT FLIGHT』(振り付けはテキトー。何を歌っているのかさっぱりわかりません)や、『ねがい』(振り付けなし、ファイヤーあり)も見られたし、黒バージョンの『edge』も堪能したし、帰りもすらっと外に出られたし。中身は散漫な印象であまり感心はしなかったけれど、セブン善ければすべて善し、と。

まあ、結論としては良い夜だったと思います。渋谷の空に輝く満月もきれいだったし。
後は、N田さんがちゃんとWOWOWで録画してくれることを祈るのみ。

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2009年5月 8日 (金)

Second Stage

いよいよ明日から代々木である。
何がって? 言うまでもなく、パヒュの代々木2days「ディスコ! ディスコ! ディスコ!」の始まりだ。
まあ、今の勢い……2009年に入ってシングル1位、DVD1位。十分だ……があれば、よもや大ゴケすることはないだろう。

ただ、一抹の不安は残る。
昨年の武道館は、パヒュの「お涙頂戴物語」のゴールでもあった。足掛け9年の苦節の結果、奇跡が起こるという典型的な演歌調成功譚とも言える。そこには確かにストーリーがあったのだが、今回の代々木にはそれがまったくない。まるで、因縁話のないプロレスのタイトルマッチみたいなものだ。
つまり、パヒュは今回の代々木でその真価が問われることになったのである。
エンターテイナーとしての真価が。

しかも、代々木第一体育館というステージは、決して見やすい=コンサートに適した会場ではない。
以前から言っているように、パヒュは、歌で観客を感動させるタイプのアーティストではないわけで、ダンスを見て、歌を聞いて、熱気を感じて、渾然とした一体感を楽しむべきパフォーマーなのだ。それは、傑作DVD『BUDOUKaaaaaaaaaan!!!!!』を見れば一目瞭然である。だからこそ、彼女たちにとって、ステージに集中しやすい武道館と違って、意識が散漫になりがちな代々木第一体育館はハンディキャップ以外の何物でもないはず。そこで、12,500人をPerfume Worldに引き込めるかどうか、が問題なのだ。

正直、結構難しいと先生は思っている。
のっちの言葉によると、光ものとかの演出をガンガン使うらしいが、それが吉と出るか凶と出るか。薄っぺらいものにならなければいいのだが。タイトルがタイトルなんだから、もう居直ってしまって、ただひたすらエンタメに徹してくれればいいのにと思う。
もう過去は引きずらなくていいから!

そういう意味で、最初の一発ですべてが決まるような気がしてならない。
オープニングナンバーは、ずばり「One Room Disco」か「チョコレイト・ディスコ」だな。

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2009年3月31日 (火)

リベンジ?

パヒュのNEWシングル「ワンルーム・ディスコ」が、オリコンの週間チャートで1位となることがほぼ確実になった。
「love the world」に続いて2枚目のシングル1位である。
まあ、それでも超ヒット曲とは言い難いのだ。
「love the world」でも実売は30万枚強、年間チャートでは40位台である。その次の「Dream Fighter」に至っては90位台でしかない。

まあ、今のヒットチャートのからくりでは、必ずしも1位=ヒット曲とは言えないのが現状である。すでにデイリーでは1位から落ちているので、2週連続で1位はありえないわけで、残念ながらこれが現段階のパヒュの限界と言えるのではないか。

にしても、音楽サイト「ナタリー」曰く、「2位に終わった前作のリベンジ」だそうな。リベンジって……誰に復讐するんだよ(笑)。

いずれにせよ、1位になって悪いことはない。
おめでとうございます。
代々木にも行きますよ!……間違えて、チケット買いすぎちゃった。ヤフオクで売らないとな。でもまた違反申告されちゃったりして。

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夜桜異聞(嘘)

KQの話でもしようか。

KQには2000系とか1000系とか、複数の型の車両がある。
この内の一部が、発車するときに「トゥ~ルルルルウルル~(シューワーァァァァァァァ)」とメロディを奏でるのである。

昨日初めて知ったのだが、「歌う電車」とか呼ばれているそうな。
発車時に音が出る理由は、モーターに電気が流れる際に、独国シーメンス製のVVVFインバータが鳴るのだとか。このインバータは音がうるさいので静音設計を試みたが上手くいかず、どうせ音が出るならいっそのことメロディにしてしまえと技術者が考えたらしい。ナイスなアイデアである。

で、この音の出る車両は2100系と呼ばれるもので、二人席が進行方向に向かってずらっと並ぶ壮観な仕様になっている。KQは基本的に特急でも特急料金を取らない(ウィング号という例外はあるが)ので、この車両の快適さは、ちょっと嬉しいものである。

先日、この2100系の車両について、おぼろげながら疑問に思っていた事実が急に氷解して感激したことがある。それは、常に椅子が進行方向を向いているならば、電車自体がどこかで180度転回するか、椅子そのものが回転するかどちらかのはず、それはどっち? というものだった。別に熟考せずとも答えは明らか。椅子が回転するに決まっているではないか。
では、どう回転するのか? 新幹線の椅子が回転する様は非常によく見かけるが、KQでは皆無だったので興味津々であったが、何のこたぁない、椅子の背もたれが反対側に倒れる仕組みだったのである。道理で、前の席のシートバックが妙にえぐれていたわけだ。つまり、背もたれの裏と表の両方が背中に当たる造りになっていただけのこと。

なぜこれがわかったのかと言うと、ある酔っ払いの一団が向かい合って話をしようとして、無理やり(なぜ方法を知っていたのか疑問だが)背もたれを反対側に倒して、4人座りの席を作ってしまったのを目撃したのである。
凄いのは、車掌が速攻で飛んできたことである。血相を変えて「なんてことするんですかっ!」と叫んだ彼の勇姿が、今でも偏屈先生の瞼に浮かぶ。何か、よほどやってはいけないタブーだったみたいですよ。4人組はメチャ怒られてましたもん。

今、偏屈先生はKQ社内でこのコラムを書いているのだが、そうこうしている内に、横浜もすぎて黄金町にさしかかっている。この辺りでKQと並行して流れる大岡川は、夜桜の名所として有名なところだ。
ただし、東京ではそろそろ満開に近い桜も、ここではまだ3分咲きといったところか。
桜はまだでも、酒飲みは全開だ。現に、先生の周囲は酔っ払いだらけ。今も酔っ払いのクソジジイが全身から気持ち悪い臭いを発散させて、こともあろうに先生に寄りかかっているではないか。
肩が重いんだよ! しかもイビキがうるせぇよっ!

クサイ、オモイ、キモチワルイ。
酔っ払いなんか、皆死ねばいいのである。

まあ、酒の飲めない先生は彼らから見れば小数派の異分子。こうやってマイノリティは社会から迫害され、基地外扱いされていくのである。

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異分子排他論 後編

偏屈先生はK国だけではなくC国も好きではない。逆に割とフランスとか西欧の国々が好きなのだが、その理由は簡単、「自分と違っていても他人を許せるし、また許される」からだ。
個人主義ってのはそんなもので、自分の「個」を認めてもらう代わりに、他人の「個」も認めなければならない。それは結構勇気のいることなのだ。

社会という「村」は、他人を認めないと成立しない場所である。
ただし、どうしても「コイツは自分と相容れない」と感じてしまう人間がいる。それを我われは「キチガイ」と呼び、差別するのだ。理由は簡単、「理解できない」からである。
しかもさらに悪いことに、外観が自分に似ていれば似ているほど、この「理解できない」が我慢できなくなるのである。
偏屈先生が西欧人が好きなのは、はっきりと「自分と違う」と言い切れるからであるとも言えるだろう。もし、西欧人とK国人が自分を見てニタニタ笑っていたとしよう。読者諸君(いるのか?)はどちらに不気味さを感じるだろうか? 偏屈先生は、西欧人に対しては「怖い」と感じるが、K国人に対しては「何だ、ゴルラァ」と思う。いわゆる近親憎悪ってやつだ。
その根底には、相互に侮蔑とか差別意識とか、ドロドロ黒く流れるものがあるのかもしれない。はっきり言ってそれは否定できない。彼らだって馬鹿じゃない。だからこそ、自分たちが侮蔑されることに異常にナーバスになるし、逆に力を(必要以上に)誇示しようとするわけだ。
存在意義は「上か下か」。それぞれが違っているんだから、それはそれでいいじゃんと割り切れないのである。何が何でも優劣を付けないと気がすまない……まるで、「ヤツラ」よりも優れていないと、自分たちの存在意義すらないと言わんばかりである。
よくネット右翼と言われる輩は、この感覚が異常に強い人々なのだ。

もうどうしようもない。
「放っておいてくれ!」と叫びたいのである。良い意味で、お互いを無視すればいいのだ。鏡に映っているのは自分なのだよ。それに難癖付けて面白いの?

ジョン・レノンは「国なんてものはないんだよ」と歌っていたが、冗談じゃない。
予言しよう。今後1000年は、地球はひとつにならない。殺し合いは続く。「自分たちと似ていて自分たちとは違うヤツら」を根絶やしにするために。

もし地球がひとつになることがあるとしたら、凶悪な宇宙人がやって来て、「従わなければ皆奴隷か家畜にするぞ」くらいの脅しをかけてくれれば……と密かに思っていたが、それも幻想かもしれない。その宇宙人に従う国と従わない国で戦争が始まるだろうし、何よりも「ヤツラと一緒に戦うくらいなら家畜の方がまし」くらいのことを考える人たちもいるはずだし。

まあ、ひとつ言えることは、「相手を認めなければ相手からも認められない」ということだ。偏屈先生のような狭量の人間は駄目である。
幸い、最近のウォン安を背景にしてK国旅行が大人気だそうな。知り合いにも訪Kする方がいるらしいので、あまり彼の国をどうのこうの言うのは止めにしておこう(以前、もうあの国に対してはものを言わないと書いたし)。ただ、残念ながら個人的には絶対に相容れない。歴としたプロ野球球団が「イチローを暗殺せよ」Tシャツを作って、売り出しちゃうような国とはね。

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2009年3月30日 (月)

異分子排他論 前編

久々にブログを書こうと思い立ったのが3月25日。前日にはWBCの決勝戦があった。
結果は言わずもがなである。日本が勝ったことよりも、「野球」というスポーツに、老若男女が夢中になった瞬間が確かにあったという事実が、偏屈先生的にはうれしい。今年は日テレの馬鹿が野球中継を極端に減らしてくれたおかげで、どれだけ「野球」に接することができるのか怪しい限りである。そんな逆風が吹き荒れる中で、一筋の光明が見えたと言ったら言い過ぎだろうか。

おまけに、この日はパヒュの新譜の発売日である。すでに確定情報が出ているのだが、オリコンのデイリーチャートで1位である。avexの誰かさんみたいにタイアップがあるわけでもなく、純粋にこの成績である。ここは素直に喜ぶべきだろう。

そんな嬉しいこと続きの中で、某K国はまたもやってくれましたよ。
翌々日のスポーツ新聞の一面で、「日本のWBC代表はスポーツマンにあるまじき恥ずかしい行為」をデカデカと掲載だ。

そりゃなんじゃと見てみると……以下の二点らしい。
1.中島がゲッツー妨害のための二塁手目掛けて体を張ってスライディングしたこと、二塁に盗塁しヘッドスライディングで滑り込んできた韓国の選手に、カバーに入った彼の左足がぶつかったこと
2.イチローが優勝翌日の記者会見で、椅子に左肘を付けてダラッと座っていたこと

なんじゃ、そりゃ?
う~ん、イマイチ、彼の国の常識感覚がわからない。
1.に関して言えば、そんなのは当たり前なのである。少なくとも日本では(メジャーだってそうだ)。体を張ってぶつかりにいったのが悪いと言うのならば、打席でボールを避けないどころか、ワザと当たりにいこうとするK国の選手はどうなのだろうか? それどころか、前回大会で素手で立っているイチロー目掛けてボールをわざと投げつけたK国の選手がいたが、それはいいのか? 盗塁へのタッチもビデオを見たが、K国の選手が中島の左足に自らぶち当たりに行ったようにしか見えなかったのだけれど。
2.について、だが……試合に勝って嬉しいからといって、開催国のマウンドに勝手に自分の国の国旗を立てたり、負けた相手に誇示する行為の方が100万倍態度が悪く、スポーツマンシップに欠ける気がするのは偏屈先生だけか。おまけに、イチローは試合中でもないし、相手国に見せつけているわけでもない。ただ飲みすぎてグデ~ッとなっているだけだと思うのだが、K国では許されない行為らしい。

さすが儒教の国。紳士らしくない行為は何時いかなる時でも許されないわけだ。困ったもんである。

まあ、そんなこたぁどうでもいい。

ここからが本題。ちょっとした文化論だ。
(と言いつつも後編へ続く)

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2009年1月 6日 (火)

Welcome to the Lunatic World.

あらためて、明けましておめでとうございます。
偏屈先生でございます。

昨年は、ほぼ1年に渡って芸能ネタで押してまいりましたが、その結果として更なる読者減を招きましたので、今年は時事ネタを中心に硬派的姿勢でまいりたいと思います。

そう書きながら、このタイトルはなんだ?と言われてしまうかもしれません。
まあ、今年はかつてない大きな変動の年……ある意味で「狂った1年」になると思っておりますし、またそうでなくちゃいけないわけでして。
今、簡単に「変動の年」などと言っておりますが、世間一般では、この「変動」を大不況からつながるリストラだの首切りだの、いわゆる悪時と捉えております。
しかし、世の中が乱れているときこそ下克上のチャンスなのは歴史が証明している事実。そう考えれば、受動的に「やってくる変動」は悪かもしれませんが、「仕掛ける変動」は栄光への架け橋(笑)かもしれないのです。

じゃあ、お前は何をするんだという声が聞こえてきそうですが、まあ、いろいろと考えてます。万が一、会社の人が見たら何を言われるかわかったもんじゃありませんので具体的には言えませんが、本当にいろいろと。
時期が来たらご報告したいと思います。

閑話休題。
で、最近の世相の話を。

坂本総務政務官が、5日の総務省の仕事始めの挨拶で「派遣村は真面目に働く人たちなのか」と疑問を呈しております。これが一部で不謹慎と捉えられて、問題視されているようですね。
偏屈先生は、ちょっと派遣業に関係していたことがありまして、業界の内情を割と知っております。
で、坂本発言に関して素直な感想を申しあげますと……「その通りです」。

誤解無きよう言っておきますが、世の中には努力しても努力しても、幸せになれない人が大勢います。それどころか、額に汗して真面目に働けば働くほど他人にいいようにこき使われ、搾取されて、どんどん不幸になっていく人すらいます。
それはわかっています。
ただ、それを踏まえたうえで言わせていただきますと、派遣の人間は、総じて人生設計……と言うか、考え方が甘い。甘すぎる。

そもそも派遣などというものは、企業にとって経営のバッファでしかありません。
もし、ある部署で専門的な仕事を永続的に行おうとするならば、普通は正社員を雇用しますし、どうしてもそれが見つからない、またはもの凄くミクロで専門的知識が必要ならば業務委託で契約社員を探します。
または、人手さえいればいいというレベルの業務ならば、アルバイトで十分。
つまり、派遣は「アルバイトよりも専門的」で、「正社員を雇うほどの永続性が見込めない」分野の職種に対してあてがわれる絆創膏にしか過ぎません。決して根本的治療に必要な手術や投薬ではないのです。

換言すれば、「いつでも不要になったら切れる」ことが派遣の最大のメリットと言えます。そう考えれば、身分が不安定なのは当然のことで、派遣先で自分の雇用がいつまでも続くと考えていること自体が、偏屈先生にとっては不思議なことなのです。
であれば、彼ら(被派遣者)は次のような対策を常に考慮しておく必要があります。
(1)いつ雇用関係が終了しても、次の雇用契約が発生するまでの生活費を蓄えておく
(2)不安定な雇用から脱するため、正社員として雇用されるようにスキルアップを図り、転職活動をする

その他として、「独立の準備をする」などの超積極策もありますが、まあそれは難しいと。ところで、今回の派遣村の方々は、上の二点を行っていたのでしょうか? 雇用が不安定な代わりに、彼らにはある程度の時間的自由が与えられていますし、工場労働だって月々20万円程度の収入はあったはずなのです。しかも、一般よりもはるかに安い月々数万円の出費で、そこそこの寮やら契約アパートに入れていたわけですから、上記の(1)は決して不可能ではなかったと思います。当然(2)もそうなのです。

イソップ物語の「蟻とキリギリス」の話に当てはめると、派遣村の方々は自分を蟻に例えるでしょうが、偏屈先生の目からは、残念ながら現状認識の甘い、もしくは現実逃避をしたキリギリスにしか見えません。
もちろん、遊んでいたわけではなく、本当に一生懸命仕事をされていたのでしょうし、住所が決まっていないと就職もできないというのは本当でしょう。
でも……大変申し訳ないのですが……当然、派遣として考慮すべき事象が起こっただけのことで、日頃の甘ちゃんぶりを行政のせいにするのはいかがなものかというのが、正直な感想になってしまいます。

企業が悪いという論調があります。
例えば、トヨタなら13兆円も蓄えがあるのだから、なぜこんなにあくせくするのかと。また、九州のキヤノンでは、派遣従業員を減らして、期間工を募集しているのはどういうことだと。
確かに、理屈では割り切れないところではあります……が、所詮、企業が考えることは株主に対するポーズと直接コストの削減しかないと考えれば、何となく理解できます。

派遣は、いわゆる個人に支払われる直接給与の1.5~2倍くらいのコストが必要になります(派遣会社へのマージンとか)。こう言うと語弊があるかもしれませんが、特に製造業の場合は期間工やアルバイトでライン作業は(スキル的に)十分。派遣を雇っているのは、数の調整がフレキシブルにできるとか、期間工の場合、募集→採用→訓練→現場の過程で時間が掛かるので、ショートカットするためにある程度のスキルのある作業者を短期に確保したいからに他なりません。
つまり、「使わなくていいものなら雇いたくない」というのが派遣というものの本質なのであり、被派遣者は、それを理解したうえで派遣会社と契約するべきなのです。

結局、被派遣者は派遣会社との雇用契約があるだけで、作業に従事している会社との関係はないのです。
また、2004年以降の派遣法では、3年以上同一企業で働いた場合、作業している企業が正社員としての雇用契約を結ぶかどうか被派遣者に確認しなければならないということになっています。これをして、「確認しない企業は法律違反だ」→「企業が不誠実だ」→「雇用企業が悪だ」と主張する評論家の方もいらっしゃいますが、もし「3年働いたから正社員として雇ってくれ」と企業にお願いすれば、その人の契約は解除されるだけでしょう(希に雇われることもあるでしょうが)。
そうなるのが嫌だから、被派遣者は黙っていたということもあるかもしれませんが、一番問題なのは、そういう「正社員」みたいな関係が「ウザい」し「縛られたくない」し、正社員になれば「責任が発生するから面倒」だと思っていたのが真相に近いと、偏屈先生は思っています。
実際、自分があの業界に関与していたとき……つまり景気がよかったとき……は、誰もが本当にそう思っていたのです。いや、昨年の夏まではその流れだったのではないでしょうか。

偏屈先生としては、上記のような温いムードを助長していたのは派遣会社であり、また掌を返したように「派遣救済」を叫ぶマスコミそのものだったことを、暴露せざるをえません。
「自由」だの「自分のペースで」だの、派遣のメリットを声高に叫んでいたのは誰だったのでしょう? 世の中、常にGive and Takeだとすれば、いま派遣村で苦しんでいる人たちも十分にメリットを享受してきた人々なのではないでしょうか。

もう、いっそのこと、政府(農林水産省)が職を失った人々を期限付きで臨時雇用すればいいのです。
で、何をさせるのかというと、地方に配分していわゆる減反政策で休田・死田化した田畑を開墾するのです。米がダメなら、付加価値の高い野菜や花、果物などを作ればよろしい。そうすれば、日本の食料自給率も上がるだろうし、雇用も促進されるし、(もしかしたら永住して)過疎化にもストップが掛かるかもしれないではありませんか。
昭和大恐慌に対してアメリカがうった「ニューディール政策」の日本版というわけです。あちらは大規模な公共事業の促進ですが、こちらは世相を反映してエコにこじんまりと。どうでしょうか。

「そんなのカッコ悪い」とか「自分のスキルと経験が活かせない」とか、ほざいている場合ではありません。そうなりたくないなら、「そうならないように自衛策を取る」のが当たり前です。それができなかった時点で、残念ながら派遣村の人々には、職業選択の自由はありません。
そろそろ、日本人もTakeばかりではなく、大人としてGiveをするべきときなのではないでしょうか。

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2009年1月 1日 (木)

え、あれで終わり?

あああああ、あっという間に終わってしまいました。

なんちゅう中途半端なアレンジなんでしょう。あれじゃ、何も伝わらないでしょ。

まあ、あの舞台に立てて、3人とも嬉しかったんじゃないですかね。ラストではさっぱりした顔してましたし。

しかし、紅白もちょっとねぇ。

個人的には、森進一が気持ち悪かったです……気持ちを入れて歌っているようにみせようとして、あまりにオーバーアクションすぎて。

ま、そういうことで。明けましておめでとうございます。

今年はクビにならないように頑張ります。

でも、宝くじが当たってたら、新年から登社拒否します(笑)。

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2008年12月31日 (水)

偏屈先生年末スペシャル

すみません。嘘をつきました(笑)。
書きたいことがありすぎちゃって……どうしようかな。
仕方がないので、紅白の話でもしましょうか。

と言っても、ご想像通りPerfumeの話になるんですけどね(笑)。
あと二時間くらいで彼女たちの出番が来ます。きっと、今頃は緊張しまくっているかもしれない。いや、もしかしたら和田アキ子に睨まれているかもしれない(爆)。

演るのは『ポリリズム』なんですけど、このパフォーマンスには日本のソフト業界の将来が懸かっていると言っても過言ではないのです。
大袈裟だと言うなかれ。旧来の「歌を聴く」価値観を維持するのか、それとも「観る」「聴く」「パフォーマンスする(踊る)」……こんな多様な価値観を、国民的番組が認めるのか、視聴者に響くのかは、こんなCDの売れない時代だからこそ、大きな試金石になると思うのです。

そういう意味で、彼女たちには(と言うか演出者には)、以下のことをしていただきたくないわけです。
1)苦節9年のお涙頂戴話で紹介される
2)あ~ちゃんに「親孝行話」をさせる
3)いかにもありがちな「紅白バージョン」のブリブリ衣装で踊る

彼女たちには、普段通り、できれば、もっと過激にパフォーマンスを繰り広げてほしい。「紅白」という権威におもねて、歌謡曲的なパフォーマンスを演じることだけは止めてほしい。そう思わざるを得ません。

来年からは「出禁」になってもいいじゃありませんか(笑)。
年寄りからは「?」と思われるくらいでいい。「ありゃ、なんじゃね?」くらいのインパクトを残してほしいのです。

まあ、生でちゃんと歌えるのはポリだけだから、紅白でこの曲を演じるのは仕方ないところ。エコ・キャンペーンのテーマソングでもありましたし。
でも、彼女たちは「いつでもアウェイ」なんだから。
萎縮せずに、堂々とふるまってほしいものです。

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