2009年11月 6日 (金)

いま巨人が3勝2敗なわけだが

今日は11月6日である。
日本シリーズは、わが巨人が1勝勝ち越した状況で、明日から札幌決戦となる。
このシリーズがどうなるのか、今日の段階で予想をしてみよう。

実は、昨年も第5戦までは巨人が勝ち越していたのではなかったか。あと1勝といっても、実は崖っぷちなのである。

なぜか。
巨人の先発は順番から言えば内海だ。しかし、本人の弁によると「札幌ドームのマウンドと相性が合わない」そうなのだ。もし前回の登板の失敗がこれに起因するのだとすれば、同じ轍を踏む可能性は極めて高い。
対して日本ハムは第1戦の先発であった武田が来る。こちらは多分大崩れしないはずだ。となると、巨人は内海を早め早めに交代させていきたいところだが、如何せん立ち上がりが悪いピッチャーなので、早く交代させたくてもその前に打たれてしまう可能性がある。巨人が勝つためには、いっそのこと東野先発で完投を考えずにがむしゃら投げさせて、行けるところまで行くくらいの割り切りが必要だろう。
個人的には大きな三味線を弾いて、グライシンガーが登板するくらいのことがあると面白いと思う。日本ハムだってダルビッシュで三味線を弾いたのだから、それくらいやったって誰も怒るまい。

日ハムが有利だと思うのはもうひとつ訳がある。
第4戦で藤井が好投したが、同じ左腕の武田はそのデータを活かせるはずなのだ。どちらかというと同じ技巧派。同じような攻めで6~7回まで引っ張れれば、さすがに抑えの武田(ややこしい)も同じ失敗は繰り返さず、きちんと抑えるはず。そうなると、抑えも復活しホームタウンの強みもあってムードは完全に日ハムに傾く。おまけにダルが出てきて地元は大盛り上がりでそのまま……目に見えるようだ。

つまり、巨人はあと2戦で1勝ではなく、次に勝たなければ負けも等しいというわけ。
ここでグライがいないことがボディーブローみたいに効いてくるわけですよ。

巨人が勝てるとすれば、ポイントはただひとつ。ラミレスが打つことだ。小笠原でも亀井でも阿部でもなく、ラミレス。
実は、ラミレスは調子が悪いのではなく、日ハムの巧みな攻めに微妙にポイントをはずされているのである。彼だって首位打者になったくらいの名選手だから、その程度のことは自覚しているはず。ここまでは裏をかかれているが、もうそろそろパチーンとタイミングが合ってもいい頃ではないか。
それが、第6戦のチャンスに出れば巨人の優勝。抑え切れれば日ハムの逆転優勝。
これが偏屈先生の予想である。

さ~あ、明日の今頃はどうなっているのやら。

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2009年10月 2日 (金)

恥掻きカウントダウン

なんかね。

もうすぐ2016年のオリンピック開催地が決まるんだけど、東京は良くて3位、最悪で4位みたいね。3位っていうのも、1、2位と15馬身くらい離された感じ?

偏屈先生はすでに、東京には絶対にオリンピックは来ないと言い切っているので、来られても困るんだけど、韓国がやって中国がやって、日本が落選っていうのも、何か釈然としないし。

でも、事実としてそうなるでしょう。

なんだかねぇ。

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2009年9月23日 (水)

讀賣巨人軍の優勝を讃う

本日の中日ドラゴンズ戦に於いて我が巨人軍は五対参のスコアを以て勝利し、平成弐拾壱年度のセントラルリーグのペナントレースに於ける優勝を確定せしめました。

一部のドラゴンズファンならびにタイガースファンの如きは、ペナントレースの一位はCSへの一位通過に過ぎぬなどという不埒な言葉を吐いているが、それは負け犬の遠吠え、言い訳に過ぎません。
CSに勝って日本シリーズに行こうが行くまいが、優勝は優勝。日本シリーズに進む権利とペナントレースの勝利は、きちんと切り分けられております。
空気を読めない落合某は、「本当の戦いが始まる」とか何とか言っていますが、それはペナントレースを必死で応援してくれたファンを冒涜するセリフ。それを言っちゃあ終しめえよ。最終戦でもエースを外して、ファンをがっかりさせるとは何事ぞ。意地も誇りもありゃしない。

今年の巨人軍の優勝の原動力は、何と言っても「勝ちながら育てる」ことが成功したこと。坂本、山口、越智、東野、オビスポ、松本、さらにはゴンザレスも、みんな育成や二軍上がりである。
そう言えば、アジアの大砲、李さんはどこへ行った?

NTV、CSと日本シリーズは、ちゃんと中継しろよな。

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2009年9月19日 (土)

想い出のAbbey Road

一般の人はどうだかわからないのだが、偏屈先生の周囲の「巷」はThe Beatlesの全アルバムのリマスター盤の発売で燃え上がっている。
その多くのケースでは、二種類のBoxセットのうち、どちらを購入するかが興味の対象になっているようだが、昔からケチで「大人買い」のできない先生としては、大枚をはたいてあまり興味のない初期の作品まで全部入手するような愚を犯すつもりはさらさらない。まあ、40年以上も前の作品でまた一儲けしようと企んでいるレコード会社の戦略に、うまうまと乗っかるのはいかがなものか、ということである。

偏屈先生はものすごくThe Beatlesが好きである。好きではあるがマニアではない。汐留某社で苦闘を重ねているS氏のように、ブートレグまで手を伸ばす勇気はないし、そもそもオフィシャルなレコード(CD)を全部持っていない(メロディは知っているが、曲名と結びつかないナンバーが多々ある)。

以上のような理由で、Boxセットの購入は見送り、まず一枚見本購入してみることにした。
問題はどのアルバムにするか、ということだ……が、実は答えは見えている。
『Abbey Road』しかないじゃないか!

先生の嗜好は中期~後期。まあ、『Rubber Soul』以降ということになる。つまり、『Rubber Soul』『Revolver』『SGT』『Magical Mystery Tour』『The Beatles』『Yellow Submarine』『Abbey Road』『Let It Be』が選択肢だ。
もしリマスターで音が劇的に変化したのであれば、『SGT』辺りは面白いかもしれない。が、正直このアルバムを聴くのは体力がいるので、今の弱体化した偏屈先生では無理。通称White Albumの『The Beatles』も面白そうだが、二枚組で高価なため没。『Magical Mystery Tour』は、オリジナルを持っていないので比較できず論外。『Let It Be』は音が良くなる意味が無いと思うので初めから考慮せず。
つまり、『Abbey Road』しかないのである。

この『Abbey Road』という作品は,先生にとってとても大切な存在だ。
想い出は数尽きないし、何度聞いても感動してしまう。もちろん、最初にイギリスに行ったときも、例の横断歩道を渡りましたよ! 田舎モノと思われそうだが、あのポーズで写真も撮りました! Abbey Road Studioの外壁やドアは、世界中のファンのイタズラ書きで埋め尽くされているし、平々凡々などこにでもある横断歩道し、道路のセンターラインはジグザグに直されているし、冷静に考えればがっかりすることだらけだったが、それでも遙か昔にFAB4がここに居たという想いが、時を超えて妙な一体感をもたらしてくれたことを覚えている。

そんな想い出深い作品が、デジタルリマスターでどう変わったのだろうか。
Amazonから届いた郵便物を見た瞬間、包装をバリバリ破いて、早速聴いてみることにした。

<鑑賞中。曲目は以下の通り>

1. Come Together
2. Something
3. Maxwell's Silver Hammer
4. Oh! Darling
5. Octopus's Garden
6. I Want You (She's So Heavy)
7. Here Comes the Sun
8. Because
9. You Never Give Me Your Money
10. Sun King
11. Mean Mr. Mustard
12. Polythene Pam
13. She Came in Through the Bathroom Window
14. Golden Slumbers
15. Carry That Weight
16. The End
17. Her Majesty

<鑑賞終了>

……何が変わったの?
Amazonのレビューが言うほどのことはない、というのが正直な感想だ。
まあ、旧盤と聴き比べれば違いは歴然なのだろうが、オリジナルの音自体が悪くないので、それほど大きな差があるとは聞こえなかったのだ。
一番「違うな」と思ったのは、17の女王様に捧げる冗談ソング。オリジナルも右から左に音が流れていくんでしたっけ? Panasonicのカセットレコーダーでは、そうは聴こえなかったがなぁ。
でも、きっとクリアになっているのだろう。そう思えば、1なんか深みが増した気もするし、2も各楽器のパートが聞こえるようになったようにも感じられるし。
とりあえず、デジタルリマスターの価値はあった(ような気がする)。
でも、たぶん、Boxセットは買わないだろうな。

今回の新盤を聴いて感じたことを書いておこう。

この『Abbey Road』は、ファンの間ではとても人気がある作品で、この前のYahoo!のビートルズ人気投票でも第一位だった。ただし、音楽関係者……いわゆる玄人の評価は意外と高くない。その差違がどこにあるのかと言えば、たぶん、『Abbey Road』には実験がない、「まとめ」によって成立した作品というバックボーンだと思う。
実験的要素であれば、中期のサイケアルバムに劣るし、録音の緻密さで比べれば『SGT』に勝てない。各作品そのもののパワーも、実はそれほどではない。
それより何より、これが実質的にポールとジョージ・マーティンの作品だからだろう。
ジョージはこの作品で『Something』『Here comes the sun』という珠玉の名作を残してはいるが、メドレーを始めとした「ポールの流れ」とは明らかに違うところにいる。ジョンは一歩引いた感じでマイペースを……というよりヨーコと築きあげつつある自分の世界を……キープしている感じ。
異様に頑張っているのがリンゴとポール。特にこのデジタルリマスター盤で聴くと、ポールのベースが全編で唸りまくっているのがわかる(リンゴのドラムも凄いけどね)。
ポール贔屓の偏屈先生としては、そこがたまらないのだが。

でも、この時期辺りから神聖視され、聖人に祭り上げられていったジョン贔屓から見れば……そういう評論家が多いのだけれど……この作品は、ジョンの言うように「生気のないアルバム」に見えるのだろう。

ああ、でも、よく言われることだけど、9からの流れはいい。特に、14の『Golden Slumbers』を聞いていると、ポールの叫びに胸が張り裂けそうになる(この歌がメドレーに入っているのは、ちょっと変だけど)。偏屈先生には、ここからがThe Beatlesというあまりに偉大な存在へのララバイに聞こえるのだ。
初めて聴いた子供の頃には見えなかった「情感」みたいなものが、しみじみと心に染み入ってくる……。

なんか、この歳になってくると、当時のポールの苦闘苦衷がわかるんだよね(でもポールは30歳前でしかなかったのだが)。
それはそれで、困っちゃうんだけど……先生にとって、人生って『Abbey Road』だったのかもしれない。

ま、結論としては、デジタルリマスター盤……お金が余ってるんなら良いんじゃない?
音は良くなっても、想い出はリマスターできないから。

そんなとこ。

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2009年9月 2日 (水)

総理大臣にヴァンプ将軍を!

当たり前の話なんだけど、時期総理大臣は鳩山さんなんだってね。
でも、誰が見ても二人羽織で、後ろに強面のO沢さん(仮名)が隠れてるんだけど。

個人的にはフロシャイム川崎支部のヴァンプ将軍に総理大臣をやってもらいたいな。
ヴァンプさまのことは誰も知らないかもしれないけど、一言で言えば「いい人」。まあ、世界征服を企む悪の組織の幹部なんだけど。近所の評判も上々だし、お年寄りには優しいし、常識人だし、料理は上手いし、「理想の上司」で「主夫のカリスマ」だし、ちゃんと確定申告もしてるし。
まさに理想の社会人なのだ。死人に献金させる次期首相よりは、よほど信頼できる。

えーと、こんな話をしても99.9%の人にはわからないだろう。
そんな人は、ここを見る! アニメ『天体戦士サンレッド』だ。

http://www.sunred.jp/cat3359131/index.html
または
http://ch.nicovideo.jp/channel/ch243

いや~、いいねぇ。残念ながら、もう終わってるんだけど。

一部で超有名な『京浜家族』もそうだが、tvkのアニメは面白い!
『京浜家族』はここで(こちらも、もう終了。現在再放送中)
http://www.toei-anim.co.jp/sp/keihin/topics.html

最高傑作「幸せの眠々打破」は、ここで視聴できますぞ。
http://minmin.tv/index.html#keihinkazoku/

その他にも、『シャングリ・ラ』とか『鉄腕バーディー』とか、めちゃレベルの高い作品が見られるのはtvkだけ!(ちょっと嘘。偏屈先生はテレビ神奈川からお金はもらっていない)。
中には『キャラディ』みたいなどうしようもない作品もあるが、地方局パワーは存分に発揮しているのではないか。TBSなんかより、100万倍くらいいいと思うぞ。

朗報!
『天体戦士サンレッド』は新シリーズが10月から始まるらしい。これは、民主党の新政権よりもよほど期待できるのだ。
本当にヴァンプさまには頑張っていただきたい。
早くレッドを倒して、世界を征服して!

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2009年8月31日 (月)

Revolution

暦の上ではとっくに秋なのだが、実質的には本当に今日で夏も終わり。
今日のトピックスは民主党の歴史的勝利=政権交代だそうな。

マスコミは世の中が変革を求めたとか言っているが、別にそんな高尚なものではない。自民党のチョンボがあまりに多すぎたこと、口曲がり首相がバカすぎること、不景気感が抜けないこと、民主党が何でもタダにすると言っていることが支持の要因である。
まあ、消去法の選択だが、なるようになったということ。

探偵ファイルのバカBOSSが、20~30代の若者(笑)に対して「これが最後の投票だ」「これで変わらなかったら革命を起こそう」などと呼びかけていて笑いを誘う。そりゃ確かに苦労している若年層は少なくないですよ。派遣社員とか就職活動中の学生とかね。
でもね、ほとんどのヤングは、「適当にお金をもらって適当に遊べれば文句なし」なんですよ。革命ってのは、本当に食うに困っている人たちが企てるものなの。ブラックカード持ってるジジイが何言ってんの?
別に誰も困ってないよ。「自分の思った通りに」楽ができなくなるからイヤなだけ。
本当に困っている人たちだけを救えばいいじゃない? 自己も高めずスキルアップの努力もせず、安穏として暮らせないことに不満を抱く人間を救うことって、革命なの?
政治が悪いとしたら、本当の弱者に目を向けないことであって、そこに必要なのはむしろ安定した制度改革ではないの?

あと、何でもかんでも官僚のせいにする風潮はどうかね。
では聞くけど、今の政治家に何ができるの? 議員立法なんて、ほとんど形骸化しているし、ましてや国会議員に執行能力があるわけもない。官僚がいなければ国家の運営もままならないのは事実。官僚を批判するのは結構だけど、批判する前にきちんと評価しなければ片手落ち(差別用語)では?
つまり、問題なのは官僚をコントロールする力が無かったことでしょ? 悪いのは誰?

先生的には、そんなバカ議員を選んできた責任は誰にあるのか、と問いたいわけよ。変革を求めるなら、まず変えるべきは自分の視点であり評価能力じゃないのかな……全有権者のね(もちろん先生も含めてね)。

中国の革命期に、魯迅はこんなことを言っている(大意)。
「政府が変わっても、あるいは支配層が変わっても、それは酒の器を変えただけ。重要なことは酒の中身を変えることだ」と。
酒の中身は何なのか、ということですよ。

言っておくけど、先生は自民支持ではなかったし、民主政権になっても別にOK。実際、今回の選挙だって比例代表では民主でも自民でもない党に投票しているし(幸福実現党ではないぞ)。
ただ、民主も大本は自民党田中派だし、小沢も鳩山も元は自民党代議士だってことは忘れちゃいけないと思うよ。そういう意味では、基本的には、(体質も含めて)何も変わらないと思うけどね。
地方で自民が負けたのだって、地盤・基盤と呼ばれる地方団体が利権を維持するために自民から民主に鞍替えしたからっていうのは事実だし。
鳩山総理大臣は、そういう団体の陳情を無視して「無駄を無くす」ことができるのかな(笑)。さらに、あの田中真紀子が全盛期に外務省に挑んで跳ね返され、「あそこは伏魔殿」と嘆いた事実をどう解釈するのかな。本当に官僚をねじ伏せられるの?

とにかく、サイは投げられちゃったんだから、ボクたちは見守って(と言うか、監視して)いかなくちゃいけない。民主党が、甘言で国民の今のご機嫌を取り続けられるかではなく、真実をきちんと話し、本当に「自分たちが良くなるための覚悟」を取るつけられるかをね。最低4年間はさ。

まあ、現在の先生の最大の関心事は、本当に高速道路がタダになるのか、なるとしたら何時なのかということ。
だって、某カード会社のETCカードを申し込んだばかりだし、ヤフオクでETC搭載器を落とそうとしているところだから。
本当にタダになったら、ETCもいらなくなるんだけど。
どうですかねぇ。

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2009年8月30日 (日)

8月の終わりに想ふ

いきなり夏の終わりがやってきやがった。
まだ海にも行っていないのにもう終わりか。仕方がないので、ちょっとこの夏の想い出めいたものを書いてみることにしよう。

お盆明けの日曜に、親の実家に墓参りに行ってみた。
毎年行く度に、微妙に少しずつ田んぼが安っぽい建て売り住宅に変わっているものの、比較的往時の面影を留めているような気がする。
寺の参道(と言うのか?)に連なる樹齢100年くらいの木々には、相変わらすセミが群がっており、行く夏を惜しむように鳴きちらかしている。それにしても、一本の木に8~9匹ものセミが並んで留まっているのを久しぶりに見た。都会では、「今年はセミが少ないねぇ」などと話題になっていたほどなのに、さすが、いるところにはいるものである。
何とはなしに他家の墓標を見ていると、昭和16~20年没の御名前が多いことに気づく。特に若い層に。戦争でお亡くなりになったということなのだろう……直接的にも間接的にも。

そのとき、ふと思い出したのだ。
NHKは、この時期に「第二次世界大戦の証言」みたいな特集を放送するのが常になっている。今年は旧海軍幹部による戦争責任の反省会の話だった。当時絶大な発言力を持っていた海軍参謀本部のスタッフ2名を筆頭に、現場の責任者クラスの将校が入れ替わり立ち替わり参加し、月に一度「あの戦争はなぜ起こったのか」「なぜ止められなかったのか」を話し合う会だったらしい(現在は開催されていない。何せ、当事者がほとんど生き残っていないので)。
都合500回近く催されたこの会であるが、一般公開されていないこともあり、その存在自体が知られていなかった。当然、その開催主旨である「二度と戦争を起こさないための反省」がどう今後に活かされていくのかと言えば、はなはだ不明確と言わざるをえない。それどころか、原則として討議内容は非公開だそうで……せっかくの貴重な証言なのに、何のために集めたのかさっぱりわからない。
まあ、今回国営放送が発掘してくれたので、こうやって陽の目を見ることができたのだが……。

内容としては……もし、これが真実であるならば……恐ろしいと言わざるを得ないレベルのものであった。
当時の参謀本部は海軍省からも半ば独立した存在であり、皇族を部長に迎え、絶大な発言力を持っていた。しかも、現場の中から選りすぐられたエリートの集団であり、海軍最高の頭脳集団であった……はずなのだが、実際の発言を聞いている限りでは、単なる神経衰弱の患者の寄せ集めのように思えてしまうのだ。
つまり、内乱のせいだと。資材調達部の人間(今回の初期の出席者)は、とてもこんな武器類でアメリカと戦争なんかできるものではないと進言したが、時の部長が強硬に開戦を主張したということらしい。その理由は、「現場主導の内乱が恐かったから」。つまり、軍部、特に現場の開戦主張がことの外強く、もし参謀本部がそれを抑えようとすると(海軍参謀本部もターゲットに含めた)2.26事件のようなクーデターが起こり、シビリアンコントロールは失われ、結局は開戦に持ち込まれる。そうなった場合、満足な準備もできずに戦争をしなければならない羽目に陥るので、そうなるくらいなら、先に参謀本部主導で戦争を始めた方が、まだ勝てる可能性が高かったのだと……。
まあ、この状況を信じるのであれば、当時の日本には「戦争を回避する」というカードは無かった……と軍部が思い込んでいた……わけだ。もっと突っ込んで言えば、クーデターを起こすのは陸軍である。つまり、同じ戦争をするにせよ、陸軍主導は死んでもイヤ、どうせ戦うなら海軍主導で、ということ。立派なセクト主義的発言であり、国の行く末とか国家の存亡とか、果ては天皇制の維持とかいった大局を見失った愚見である。

あまりにバカバカしくて、開いた口がふさがらない。
彼らのオプションには、軍部(陸軍)を抑え、不戦を維持するという選択肢はなかったのだ。こんなバカどものために、300万人以上の日本人が亡くなったことを思うと、不憫でならない。
戦争終結に際し、天皇は「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と言ったが、もしその精神があったのであれば、それを発揮すべきはこの開戦前ではなかったのか。確かにあのとき日本は、アメリカなどの経済包囲網でにっちもさっちもいかなくなっていた。エネルギーの枯渇と共に国民は苛立ち、生活は徐々に困窮し、軍人は屈辱感を増していった。でも、もし日本の未来を真摯に考えることのできる賢人が軍部にいれば、別の選択はあったはずなのだ。

ふと気付くと、辺りは相変わらずの蝉時雨。
もう車に乗らないと日射病で死んでしまう。最近、偏屈先生は体力の衰えが激しく、結構ヤバイのである。
考えてみれば、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」とは今の先生の立場ではないか。動きたくても動けない。そんな世の中だ。
愚痴はこんなブログではらすしかない。

夏は、こうやって過ぎ去っていくのである。

今日は選挙だ。嗚呼、しんど。

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2009年8月24日 (月)

CHANGE IS NOT SO EASY

衆議院選挙の投票日まで、残り一週間を切ってしまった。
印象的にはすごく静かな選挙で、うちの町が候補者から見放されているのか、誰も遊説に来ないし、選挙カーの音もしない。まあ、偏屈先生がいない平日の昼間にはガンガン来ているのかもしれないが。
今日、朝の駅前でやっと某候補者(元総理の令息……3代目)陣営からやっとビラをいただいたのだが、本人は顔を見せてくれなかった。顔を見せてくれたら投票してやってもいいかなと思っていたが、残念でした。

各マスコミの投票前予測によると、民主党は300議席超の大勝、自民党はその半分以下の大惨敗ということで、めでたく政権交代という結果になるのだそうだ。
もし本当にそうだとしたら、非常に情けないことである。いや、自民が負けるとかいう意味ではなくて。つまり、日本人の政治意識の低さと主体性の無さが問題なのだな。

正直言って、自民党は自滅しているのであって、民主党が特段優れたマニフェストを持っているわけではなく、ましてや何か大きな実績をあげているわけでもないのだ。
例の無駄を無くせば財源が確保できるという理屈は、この国を実質支配している官僚体制を壊して初めて言えることである。それが仮にできたとして、果たして何年後のこと?
それまで、国債は発行しません、消費税は上げませんという「耳障りのいい言葉」をいつまで続けられるのだろうか?
もうひとつ、大企業からうんと税金を取って、中小企業や庶民の暮らしを守るという話。そうなればすごく嬉しいけれど、日本の財源(税金関係)の7割は後者からのものであり、その多くが大企業の傘下にあるという構造はどう理解されているのだろうか。
大企業を圧迫→下請け中小企業や関連企業の業績や雇用を圧迫→産業構造の破壊の連鎖は断ち切れるのだろうか。つまり、大企業から金をふんだくると言うのは易いが、それを行うためのもっと大きな視点はあるのか、ということだ。あればいいのだけれどね。

それより気になるのは、冒頭で書いた日本国民の主体性の無さですよ。
だって、比例代表ならともかく、小選挙区でことごとく民主党が勝つというのはどういうこと? 変化を期待しているのかもしれないが、あなたたちが自らの手で選んだ前職議員の4年間の活動をいったいどのように評価しているのだ? っていうか、全然個人を見ていないだろう。つまり、個人の政策感や人物、実績、行動力などをきちんと見て、評価して投票してないってことだよな。政党の名前やそのときの空気で投票用紙に名前を書いているってことでしょ? もし、政党(それは一番大きな決定要素だと思うけど)だけでなく、少なくとも人となりを見ていれば、海の者とも山の者ともつかない新人候補者に、「民主党だから」という理由だけで投票するのは愚の骨頂だということもわかると思うのだが(換言すれば、別に若年の新人であろうが、きちんと評価できるならOKってこと。何とかチルドレンみたいなのはNG)。

言っておくけど、別に先生は自民党員ではないし、自民党が潰れようがどうなろうが知ったこっちゃない。しかし、最終的には我々国民は、「自分の代弁者」として最適な人物を選ぶ権利と義務があると思うのだ。個々が人を見、政策を見、実行力を見、その結果として候補者を選ぶべきであって、「寄らば大樹の陰」的発想でマジョリティたらんとすれば、結局は何も変わらないってこと。投票して、あとは知りませんではなく、自分の投票した人物なり政党をきちんと評価していく責任もあるのだよ、我々には。この国を、そして自分の暮らしを守るのは、最終的には自分の責任であり、権利なのだ。民主主義って、そういうものではないの?
結局、そういう発想で民主党が政権党として選ばれたとしても、器が自民から民主に移っただけのこと。言っておくけど、民主は革新党ではなく、根っ子は自民党と同じだってことを忘れちゃいけないと思うわけですよ。
本当の国益とは何か? 自分たちの暮らしを守るというのはどういうことか? 有権者はそれを自分なりに考えて、投票してほしい。

もし、本当に政治を変えたいと思うなら、まず変わるべきは政党ではなくて自分自身かもしれない。
ただ、それだけ。

P.S.麻生政権の目玉のひとつに、いわゆる「国営マンガ喫茶」と揶揄される文化保護政策があった。あれは、形を変えても続けてほしい。別に何百億円もかけて大きな箱を作らなくてもいいから、モノを作る、創作をする人間に、ちゃんとメシが食えるようにしてほしい。マンガだアニメだとバカにするなよ。歌舞伎だって、できた当初は河原乞食が演るもので、バカにされていたのだぞ。相撲だってそうだ。要は、どう育てるかだろう? 権威化させてはいけないと思うが、今、日本が世界に誇れるものが何なのか、きちんと判断してほしい。
偏見は止めろ!

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2009年7月21日 (火)

脱イロもの宣言~『⊿』 Review-3

今、偏屈先生はこの文章をKQの中で書いている。
使っているマシンはVAIO type P VGN-P70Hである。もちろんモバイルのために購入したのだが、正直あまりの使いにくさに辟易している。
だいたい、8インチという画面サイズで1,600×768ドットとはどういうこった? 天地を768ドットにすると、必然的に左右が1,600ドットになるのだろうが、ふざけるなと言いたい。ブラウザを横2面で使えるとかほざいているが、そもそもそんな小さなブラウザを誰が見るのだ?
文字サイズなんかミクロの世界だ。ただでさえ老眼で厳しいのに、もの凄く目が疲れてしまう。これが肩と首の凝りに直結する。
加えて、VISTAでの動作がめちゃくちゃかったるい。遅くて、だるくて、すぐにスタックする。こういった物理的な問題点に加えて、アキュポイント(IBMではこういうのだが、SONYでは何と言うか知らない)の反応が最悪。反応して欲しいときには反応しないくせに、その半面、触れただけで数センチもカーソルが吹っ飛ぶのである。つまり、人間の感性にもまったくマッチしていないのである。これが肩凝りと疲労を助長する。
SONYはなんだかんだ言っても嫌いじゃないので、C1、U1、U3、U50、G1、G2と使い込んできたのだが、今回のtype Pはその中でも使い勝手は最悪かもしれない。富士通のLOOX U50と同じくらい駄目なマシンと言える(LOOX U50は2台購入した……)。
さらに頭に来ることがある。VISTAがあまりにも駄目なので、仕方なく、苦労に苦労を重ねてXPをデュアルブートできるようにしたら、絶対に出さないと言い張っていたXP版を発売しやがったのである。コンセプトダウンもいいところだ。
とにかく、このマシンを設計したスタッフは、人間の感性に合わせてキチンと機械をチューニングすることを覚えていただきたい。だから、SONYの製品は上目線だと言われるのだ。

……SONYへの怒りで思わず800文字も書いてしまった。まあ、最終的には買った者が悪いのであきらめるしかないのだが(やっと家に到着。G2起動)。

えーと、今回は『⊿(トライアングル)』の収録曲評を書くんだったかな。
では、ぼちぼち。

1. Take off
Oasisの『(What's the Story) Morning Glory?』における『ハロー』とか、The Beatlesの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の同タイトル曲のような存在か。アルバム全体のイントロであり、『Speed of Sound』にもつながって、全体のコンセプトを打ち出すもの……というと何か意味ありげだが、意外と曲数稼ぎのような気もする作品。

2. love the world
『Take off』からメドレー的に入ってくる意外性が面白い。今考えると、この曲と『edge』がカップリングになったシングルが、オリコンのウィークリーチャート1位になって当たり前です。良い曲、可愛い曲、そしてPerfumeしか演れない曲です。

3. Dream Fighter
ヘビーなリフが特徴的だし、Perfumeにしては珍しく熱唱系の歌だし、個人的にはすごく好きな曲。ただし、それ故にテイスト的にこの曲順だと違和感があるのだが。他のPerfumeの曲は嫌いだが、この歌だけは好きという人も多いし、何より外国人の間での人気が高い。そういう意味では「良さ」がわかりやすい曲なんですな。しかし、アルバム中でのポジションがあまりにも不明確。

4. edge <⊿-mix>
富士そばのカツ丼カレー。過ぎたるは及ばざるが如し。サービス過剰。

5. NIGHT FLIGHT
これと『I still love U』が本アルバムのベストチューンということになっている。ただし、偏屈先生は一般人として初めて代々木でフルバージョンを聴いたのだが、その時はそれほど強い印象は受けなかった(『SEVENTH HEAVEN』の直後で茫然自失状態だったので、「あれ、ここで演るわけ?」くらいにしか思わなかったため)。アルバムでじっくり聴くと、すごくクラシックな、YMOっぽいリフとベースラインを持った名曲に聞こえる。80年代のユーリズミックスを思い出させる部分もあったりして、聴く人の年代によってどうとでも聞こえる不思議な曲と言える。
とは言え、聴いている分には結構単調な曲かもしれない。ほとんど大きなヤマ場もなく、派手な間奏もないわけで、ある意味、踊るためだけに存在する曲なのではないかと思う。「Perfumeの曲はライブで完成する」という名言もあるので、そういう意味では明確にダンスをイメージできるこの曲の完成度は、Perfume的には非常に高いと言えるだろう。換言すれば、ツボに入ると死ぬほど好きになるが、テクノが嫌いだとフックがまるでない曲、ということになるかもしれない。実は代々木のライブとアルバム収録時では細部が異なり、アルバムの方が音が多くてちょっと長い。しかも、中田先生の仕掛けたワナがあちこちに張ってある。それらは大きな音で聴かないとがわからないので、ぜひ高機能のヘッドフォンやイヤフォンで聴いてほしい……できるだけ低音の出るヤツがお勧め(audio-technicaのSolid Bassシリーズとか)。

6. Kiss and Music
『マカロニ』よりも黒っぽい、Perfume初のR&Bらしい。『23:30』のときの「背伸び」感もすごかったが、こちらも「ちょっと無理しちゃいました」感では負けていない。聴いているとどこか気恥ずかしい気がするほどだ。あ~ちゃんとかしゆかの声しか聞こえないのだが……のっちはどこへ行った? 余談だが、前作の『GAME』の録音が始まったとき、あ~ちゃんはまだ18歳だったんだよね。そう考えると「勇気ないのね 踏み出せないの?」なんて卑猥っぽい歌も歌えるようになったんですねぇ。

7. Zero Gravity
タイトルの意味は「無重力」。それをイメージしたわけではないだろうが、主旋律の声もコーラスもバックもどこかフワフワ、スカスカ。部分的には、スカスカというより息も絶え絶えみたいに聞こえるのはあまり気分の良いものではない。歌の入っていない部分は基本的に気持ちの良いメロディを持っているので、意外と人気があるらしい。でも、偏屈先生は、個人的にあまり好きな曲ではない。基本的にこのアルバムはワンテイクで録ったらしいが、この曲に関してはもう少し丁寧に音を積み重ねて欲しかったと思う。

8. I still love U
どこかWinkっぽい、ネオ歌謡曲。ど真ん中のJ-POPで、付属DVDを見ると、この曲のPVではどうしても微笑んでしまう。余談だが、3人とも非常に個性的で、決して美人とは言い難いが、バラエティに富んでいて面白い。あ~ちゃんはキレイに撮れています。かしゆかって、目が▲なんですね。のっちは……(以下省略)。えーと、曲そのものは……非常に繊細で切ないメロディを持っている。先生個人としては「それがどんなに意味のないことで」というのっちのターンが大好き。
ただし、この曲も所詮はダンスをイメージしたテクノポップ。数多の歌謡曲とは異なり、無意味にヤマを作ってはいない。例えば、普通のJ-POPだったら、サビの「I still love~」の後の「迷路のよう 見えないドア」の「ア」の部分をルートに対するドミナントかサブドミナントの和音を使って緊張感を作り出し、次の展開に向かって盛り上げようとするものだが、この曲では実際にはルートに戻って一段落させてしまうのである。で、次に「I can simle 隠してるの」からもう一度主旋律を元に戻らざるをえなくなるのだ。これでは盛り上がらず、ただ淡々と進行するだけになってしまう。
なのに、なぜこうなっているのかというと、やはりダンスをするための曲なのだということだろう。Perfumeが純粋にコーラスグループなら、当然盛り上がりを第一に考えるだろうが、ライブを考慮すると、主旋律を歌うメンバーがイーブンの関係でくるくると展開していく方が正しい流れなのだ。
余談だが、この曲はあまりにベタすぎるので、中田先生も自分で恥ずかしくなったのではないか。で、彼女たちの声に思い切り加工を加えたり、途中で変なブレイクを入れたりして、「フツーじゃない」感を醸し出そうと一生懸命なように見えるのだが。
で、さらに余談。どうもこの歌は『願い』と一続きのストーリーのような気がしてならない。『願い』では、友達以上恋人未満の女の子が、好きな彼に意を決して告白する。「私たちって、つき合ってるんだよね?」……しかし、答えは意外なものだった。「ごめん、なんかさ、そういう感じじゃないんだよね」……それまで気軽に笑いあえていたのに、どこか気まずくなってしまい……これって、そんなタイミングの歌じゃないですかね? だって、マジでつき合ってたら、別れた後に「一緒に笑い合える関係 それを守りたい」なんて言えないですよね? え、現代っ子はそうでもない? 偏屈先生が時代遅れ?

9. The best thing
このアルバムの中で、偏屈先生が一番お気に入りの曲かも。とにかく、オートチューンの加工が心地よいのだ。オートチューン(ヴォコーダーではない)で加工することに一種の嫌悪感を持っている「音楽ファン」はやたらと多いのだが、偏屈先生はここであえて言いたい。「今やほとんどのミュージシャンは、レコーディング時にオートチューンでピッチ補正をしている。つまりそれは加工なのだ。彼らは目立たぬようにそれを使って、しかも隠している。中田先生はそれを隠さない。隠すどころか、効果的に使いこなしている。それのどこがキミたちの好きなミュージシャンに比べて劣っているのだ?」と。本当に、バカも休み休み言って欲しいものだ。ここで言えることは、この曲は聴いていて非常に気持ちがいいこと。それって、何にも代え難い「長所」じゃないですか?
ちなみに、某海外のPerfumeファンサイト=Perfume Cityでこのアルバム収録曲の人気投票をやったら、この『The best thing』がダントツ1位でした! 歌詞に英語が多いってこともあるのだろうが、「心地よさ」は万国共通ってこと。それがなにか?

10. Speed of Sound
『The best thing』からメドレーで続く、「セサミストリート」でやっていてもおかしくない曲。言葉遊び+テクノって感じの実験曲(あるいはライブのときの衣装替え曲)。英単語の発音については、中田先生直々の指導があったらしい。中田先生は英語がしゃべれるのか? Perfume Cityの代表であるバルセロナのekuseru氏が武道館ライブの際に来日したとき、中田先生はekuseru氏に「ようこそ、スペイン人!」と日本語で言ったとか。本当に英語がしゃべれるのか、中田先生? 肝心の曲は、構成的には面白いけど、ちょっと冗長すぎる気がするのだが。

11. ワンルーム・ディスコ
偏屈先生はこの曲はすごく好き。ダンスも好き。Perfume以外にこの曲は歌えないし踊れない! テーマは、新生活応援ソング……ではない。のっちもやっと気付いたらしいが、(たぶん同棲していた)恋人(♀)が別れて一人で都会(たぶん東京)に出てきて、新しい生活を始めようとしている歌なのだ。そういう意味では、『I still love U』の続編とも言えるかもしれない

12. 願い
『MUSIC MAGAZINE 2009年8月号』のPerfumeのインタビューによると、この曲は当初アルバムに入る予定はなかったんだとか。なぜ収録されたのかというと、代々木の最終日に中田先生がライブを観に来て、最後の『願い』を見て感激して泣いた(!?)とか。で、急遽これをアルバムに収録することを決意し、リミックスを始めたということらしい。かなり眉唾ものの話だが、メンバーの言うことは信じないといけない。
問題は、この曲が入ることで落ちた曲があるということ。それはそれで、ちょっと残念ではないか。新曲だったら尚更だし、もし『SEVENTH HEAVEN』だったら、死んでも死にきれない。
この曲も『edge <⊿-mix> 』と同じで、演出過剰気味。元がシンプルな佳曲なんだから、その世界観をわざわざ壊さなくてもいいものを……と思わずにはいられない。どうせリミックスするのであれば、間奏を入れてヤマを作って欲しかったというのが偏屈先生の正直な感想。でなければ、イントロ辺りにストリングスを入れるのではないかと思ったが、ああ、やはり中田先生はへそ曲がりなんだよね……と思わずにはいられません。

疲れたので、もう止めよう。
こう見ていくと、やはり「心地よさ」を狙っている曲が多いのがわかる。あと、英語のタイトルと歌詞が多いことも。海外進出の布石じゃないかと疑いたくもなるのだ。
日本は、「音楽とはこうあるべき」という固定観念に縛られたバカ音楽ファンが多いので、もっとニュートラルに評価してくれる海外の方が、Perfumeのためには相応しい場なのかもしれない。先程も書いたが、「Perfumeの音楽はライブで完成する」のだ。いつまでも過去の基準に囚われていたのでは、新しい時代は見えてこないぞ! ただし、今後海外でライブするとして、問題は……英語でMCできるほど、あ~ちゃんの頭が良いとは思えないことだ……。

しかし、何か、めちゃくちゃ長くなってないか、このブログ? やばい、またO月さんとかN田さんに怒られる。
最後に、この場を借りて個人的メッセージを。「N田さん、生きてますか? 僕はなんとか生きてます。死ぬまでは生きてますからね~」

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2009年7月20日 (月)

脱イロもの宣言~『⊿』 Review-2

たまにブログを書くと長くなる。
よく「長い!」と文句を言われます。わかってます。でも、所詮はマスターベーションなんだからさ、その辺はご理解いただきたい。某芸人のブログみたいに、「今日は●●を食べました」みたいなクソ面白くない話題を二行おきに書いたって仕方がないじゃん。

まあいいや。

偏屈先生が思うに、この『⊿(トライアングル)』っていうアルバムの存在感は、ある種の「心地よさ」ではないかと。『GAME』は明らかに刺激を与えるためのもので、マーケティング用語で言えばAwarenessをもたらすためにある。つまり、「Perfumeここにあり!」という鬨の声みたいな存在なんですな。1曲1曲がIndependentで成立する方向性(ベクトル)を持っているのはそのため。食べ物で言えばステーキ丼とかロコモコ丼にあたるイメージです。

これに対し、『⊿(トライアングル)』が目指す方向は調和であり、ある種の安心感ではないかと思う。「イロもの=変型アイドル」として認識されてしまったPerfumeに、正統派としての認識=Perceptionを与えるためのFunctionであり、そういう意味ではPerception Change用のツールと言ってもいいかもしれない。
例えば、『ポリリズム』は名曲ではあるが、売れる曲ではない。エレワーだってチョコディスだってみんなそう。世間一般からは「風変わりで面白いよね」という評価になってしまう。よく古参のファンが今のPerfumeは面白くないと言うのは、彼らが求めていた「王道からの意識的なズレ感」=「渋谷じゃなくてアキバ系」の雰囲気がなくなってきたからだと思うのである。
現在のPerfumeは、TJCに「パヒューム部」なる専門部署があるくらい「商品」化しているので、イロもので売っていくわけにはいかないのだ。何が何でもマス狙いの王道まっしぐら。そこで、中田先生に方向転換のための「評価を受けるためのバランス設定」を求めたのが今回の『⊿(トライアングル)』なのではないかと。
言うなれば、京風松花堂弁当。メインディッシュも何となくあって、おかずも数的にはあって、それぞれのポジションが決まっていて、一品一品の存在(パワー)は強くなくても、商品全体としてはまとまっている……みたいな感じと言えばわかっていただけるだろうか?

つまり、スタッフとしてはこの作品でPerfumeの存在価値を変えたいわけですよ。
ただでさえ、テクノポップという時点で時代からズレているし、あえて生歌を封印していることでアンチ的意見も根強く残っていることだし、J-Popのメインストリームに乗っかりたいと思っても全然不思議じゃないでしょう。

そう考えていくと、今作品の特徴が何となく理解できる。それぞれの曲のパワーを積み重ねていくのではなくて、全体にひとつのトーンを与えて、それぞれのRoleを振り分けていくというイメージですね。
ただし、それが100%上手くいっているかというと、必ずしもそうではないと思うのだ。
問題は、既発のシングル曲のトーンが、先生の言う「心地よさ」とは違いすぎること。ltwは何となく違和感がないのだが、(多分)TJCまたはアミューズからのテーマリクエストがあったであろうDFとワンディスは、その時節のシングル曲としては相応しかったとしても、はっきり言って、このアルバムに入れる必要があったかどうか微妙なところだろう。特にDFの違和感はもの凄く、完全に浮いている。同じ浮いている曲であっても、『edge』は完全に中田先生の趣味の世界なので、「もう勝手にやってちょうだい」と白旗を揚げるしかないわけで、ちょっと違うのだが。
そういった意味で、このアルバムの成立過程には、結構しがらみが多かったのではないかと。

最近、Perfumeの海外進出が話題になっていることもあり、偏屈先生としては非日本人の評判が結構気になっている。できれば、収録されたシングル曲を聴いたことのない人々……つまり、ltw、DF、ワンディス、edgeを、アルバムのイチ構成要素として偏見なく、かつ新鮮に聴ける人々が、この作品全体をどう思ったかを知りたいと思う。

という訳で、次回は1曲ずつ解剖していくことにしよう。すごく変なところがいっぱいある作品ばかりなので、どうしても長くなる。で、全3回シリーズになってしまった次第。長くなるけど許してね。ま、どうせあくまで偏見バリバリって感じなんですけどね。(続く)

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