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2005年8月22日 (月)

ある決意

今日はWebサイトを立ち上げようと決意しました。名付けて「晒しあげドットコム」。
実名入り、画像入りで「悪」の瞬間をインターネットに晒し上げるのだ。悪・即・斬。
本当にやったら大問題になるだろうし、別にやりたくてやるわけじゃない。でも、あまりにも「鈍感=馬鹿を通り越した無神経の極み」が多いので、ちょっとは痛みを感じてくれれば彼ら彼女らのためになるのではないか、と思った次第であります。
こう感じざるを得ないエピソードがあったのだよ、今朝。

山手線の某駅。一部の駅では、ドアの前って左右から二列で乗るように規制されてるじゃない? まあ、サラリーマンの偏屈先生もその日も左右に二列になって並んでいたわけだ。
電車がホームに入って来ました。するとどこからかスルスルと20歳前後の幽霊系(金髪で生気のまったく感じられないガリガリでアクセちゃらちゃら、ジーパンびりびりの馬鹿男)が列を無視してドアの前に進んで来て、ちゃっかり立ったわけ。
まさか、と思う間もなくドアが開き、中の人が降りる前にそれを押しのけて車内に入ってちゃっかり良い席に座りやがった。基地外か?
っていうか、何も考えてない。並んでいる人が思うか。降りる人はどう見るか。
眼が何も見てないし、脳も何も考えてない。「ほら、そこに椅子があるじゃん。座らなくちゃ」くらいなもんか。超鈍感である!
周りも何もしないなんておかしいんちゃう? まさか、認めてるんじゃないだろうな?
「お前、なんじゃ、さがっとれ、ボケェ!」くらいのことを言える大人がいないのが残念ですな。
週刊読売に、まあ、偏屈先生の主張と同じようなことが載っておったが、もうそんなレベルは凌駕してますぅ。

偏屈先生はこういう時は蹴ることにしているのだが、無念ながら足が短くて届かなかった……。

ここで新説。人間って古代から増え続けてますよね? その代わり自然は年々減ってるわけで。
もしも生き物に魂というものがあるのなら、人間が増え続けていれば魂も増え続けてないと変じゃない? でもさ、人の後ろには守護霊やらひいばあちゃんやらが憑いているわけでしょ? 魂、足りなくなってねーか?

偏屈先生的には、「魂の量一定」の法則があると思うのだ。つまり、この世にある魂の数は古代からほとんど変わらず、人間分が増えれば自然の分が減るということ。となれば、今、人間に入っている魂も、先代は(元は)ゴキブリとかミジンコとかツクシンボだったかもしれないじゃないか。
今回の馬鹿男は……まあ、バッタだな。細くて、空気が読めずにぴょんぴょん飛んでくるわけだ。
そりゃ、バッタに何を言っても無理だよな(笑)。
そう考えでもしなくちゃ、もうこんな世の中、やってらんねーよ。

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コメント

私は最強線の利用者ですが、置換で有名なだけあってとっても常識的な人ばかりです♪
例えば、松葉杖の人が優先席脇に立っていても、優先席に座っている酔っぱらいはどきません。
酒臭さを充満させながら、しゃべっています。
誰か、天誅をくだしてください(但し、私が乗っていない時でおながいします)。

投稿: | 2005年8月23日 (火) 16時02分

最強線はKQ以下ですね。
お互い、遠距離通勤者は苦労します。
馬鹿を見るのも通勤時間のひとつの楽しみだと思わないとやってられません。
人間はつらいのよ。

投稿: 偏屈先生 | 2005年8月23日 (火) 16時05分

間違えました。
私はネコでした。にゃー

投稿: 偏屈先生 | 2005年8月23日 (火) 16時06分

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