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2005年9月14日 (水)

堕落論(笑)

もう、待てません…
20歳の女子大生、たぶんミサキさんから「抱いてくれたらお礼は致します…」というありがたいメールをいただきました(爆)。
偏屈先生も女子大生から施しを受けるようになりました(笑)。


夢の中で、偏屈先生はヨン様だった。エスカレーターのある大きな城の屋上で、織田信長みたいな性格の暴れん坊将軍に、「城の中に大きなシーソーを作って、老中やら家老やらを隠れ部屋に運べばすべてが解決する」というプレゼンテーションを行っていた。
何のことやら、さっぱり意味がわからない。
ただ言えることは、精神的に安定していないということだけだ。

DNA
周囲に幼児とボケ老人がいるが、どこか似ている気がしてならない。例えば、自分の本能のおもむくままに行動すること。前後の脈絡無く、突然奇声を発したり我が儘になったりすること。食欲などに際限がないこと。
よく、「人は呆けると子供に戻る」などというが、まさにその通り。なぜだろう? 例によって暇なので、偏屈先生もちょっと考えてみた。

そもそも、人間の基本的な性格はDNAに刻み込まれているような気がする。それが証拠に、生まれたばかりの乳児にもちゃんと「性格」があるもんな。ホントにびっくりするくらいある。
要するに、こういった素の性格に、「社会常識」とか「モラル」とか「ルール」とかいうコーティングが徐々に重ねられていって、素の姿が見えにくくなっているのが大人なわけだ。コーティングが薄すぎればすぐに「キレる」し、厚すぎればヒッキーとかニートになる。薄いからニートになるとは思わない。コーティング=自己防衛のための殻と考えればいいのではないか? まあ、とにかく素地を意識的に隠すわけだ。ところが、ちょっとした瞬間に殻がやぶれてそれが現れてしまう場合がある。例えば、車を運転しているとき、ギャンブルしてるとき、●してるとき、とか。「えっ、この人ってこんな性格だったの?」と思う瞬間ってあるでしょ? それがたぶん「本当の性格」なんだよね。

でも、歳を取りすぎたり、呆けたりするとそのコーティングが徐々に剥がれてきてしまう。そこで、素地がいきなり出てきちゃうわけだ。しかも子供とは違って、長く生きてきた記憶とか妙なプライドだけは十分に残っているから始末が悪い。肉体的にも、ピュアな子供と違って汚れまくっているかもしれないし(笑)。同じ「素地」でも、中身が腐りかけてるんだから。

なんでこんなことを書いてるのかというと、最近偏屈先生自身が呆けてきているからである。元々我が儘なのに年々それが募るばかり。この前までは阿部寛みたいとか、藤木直人にそっくりとか言われてたのに(実話)、今ではただの偏屈先生だもんな。
若いということは素晴らしいことですよ。ふぅ。

まあ、最終的に堕落することも(もしかして偏屈先生化することも)、あらかじめDNAに書き込まれていたことなのかもしれない。そうなると、もう手の施しようがないわけだ。

一例を挙げれば、飲んだくれの子供は飲んだくれになるし、女ったらしの子供は女ったらしになる確率が非常に高い、ということがある。これは本当で、「知ってるつもり!?」を視ていた人なら誰でもわかるだろう(古いネタ)。「三つ子の魂、百まで」どころの騒ぎではない。DNAの連鎖は永遠なのである。しかしそうなると、偏屈先生は救われないことになる。先生の父上は天才だったが、同時に変態でもあったのだ。以前、「偏屈先生は変態ではない」と書いたがそれも風前の灯火ということになる。いつ発症して変態になるのかわからない。

クビになるのが早いか、変態になるのが早いか。どちらにしても、避けられない運命なのだが。ええい、どうせ避けられないなら……(この後に暴れて病院に強制収容される)。

軽くヤバイ
会社の人がこのブログを読んでいた。ブログを作ったよ、とはアナウンスしたが、まさか本当に読んでいる人がいるとは思わなんだ(笑)。いいですか、こんなもの読んでるとバカになりますよ。

偏屈先生は、このようにして不幸をまき散らすのである。

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