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2008年4月 4日 (金)

Mr.AMERICA・Brad Delpを悼む

偏屈先生の住んでいる所は、裏山全体が公園になっている。先生が幼少のみぎりはその野山もきちんと整備されており、勝手気まま、縦横無尽に走り回れたものだが、今は子供が少ないうえに、市の予算が削られているらしく、まったく整備が為されていないので荒れ放題だ。
それでも、今年も桜がキレイに咲いている。知る人ぞ知る桜の名所なのだ。昨年は寝室の窓からちらっと裏山の桜を眺めるだけだったが、今年は諸般の事情により時間が有り余っているので、ゆっくりと散策なんぞをしてみた。
「去年は忙しかったなぁ……」などと物思いにふけっていたのだが、ふと、去年の今頃天国に旅立ったあるミュージシャンを思いだしたのだった。
その人の名は、故Brad Delp(確か、昔はブラッドリー・デルプと言っていたような気がする)。Bostonというバンドのオリジナルヴォーカリストだ。彼は、昨年の3月、車の排気ガスで一酸化炭素中毒になって死んだ。自殺である。享年55歳。
彼がなぜ死ななければならかったのか、よくわからない。バンドのリーダーであり、支配者であったトム・ショルツのレコーディングペースのあまりの遅さ(30年間でアルバム5作……)に嫌気がさしたのだとか、一度バンドを抜けて戻ってきたら違う人間がヴォーカルを取っていたからだとか、健康を害したからだとか、色々な推測はあった。しかし、長年付き合ってきたガールフレンドとの結婚を間近に控え、何が彼を死に追いやったのか、誰にも、永遠にわからないだろう。
Bostonというバンドは、その発生から一風変わっていた存在だった。元々は、そんなバンドは無かったのだ。すべては、M.I.T出身で博士号を持ち、ポラロイド社で開発を行っていたトムが、趣味で作ったデモ・テープ……それは、ヴォーカル以外をトムがすべてプレイしていた……が、レコード会社に「完璧だ」とあっさり受け入れられたことから始まった。トムは、ギターを弾き音楽を作るだけでなく、機材そのものも自分で作ってしまう、いわゆる「天才中の天才」だった。彼はライブをやることなどまったく念頭になく、したがって、バンド仲間などは不要だったのだ。
しかし、レコード会社はそれを許さなかった。ツアーに出て知名度を上げ、レコードを売るというのが当然の時代であり、トムにもライブ活動を行うように強く勧めたのだった。トムはその忠告(勧告に近かったと言われる)を渋々受け、自分のデモ・テープをそのままスタジオでも演奏することを条件に、メンバーオーディションを行った。そこで採用されたのがブラッドだったのである。
つまり、メンバーはトムの操り人形にしか過ぎなかった。トムにしてみれば、自分の思った通りに演奏してくれさえすれば、メンバーなど誰でも良かったのである。……これが、悲劇の遠因なのだ。
そんな悲惨な境遇にあって、ブラッドのヴォーカルは素晴らしいものだった。あまりにキレイで伸びやかな声(見た目とは全然違う)。もの凄いハイトーン。YouTubeが見られる方は、こちらでご確認ください。余談だが、ある高校のバンドが彼らのデビュー曲『More Than a Feeling』を演奏していて、ヴォーカルが急に自信を無くして「この曲はインストゥルメンタル(歌無し)です!」と叫んで逃げ出したのを目撃したことがある(笑)。まあ、それほどの難曲なのだ。
とにかく、このデビューアルバム『Boston』は凄い。これが、本当にトムのデモ・テープそのものなのであれば、やはりこの人は天才と言わねばならないだろう。特に、シングルカットされた前述の『More Than a Feeling』は、ギター小僧に恐ろしいほどショックを与えたのである(これほどショックを受けたのは、後はVan Halenの出現時くらいか)。何せ、アコースティックギターとヘヴィーなエレキギターがミックスされているのである。……などと書いても、何が凄いのかさっぱりわからないだろうが、当時(1976年)、歪んだエレキの音と生音が融合するなんてことは誰にも考えられることではなかったし、またこの『More Than a Feeling』が、その二つの世界を見事にストーリー化していたのである。先生も周囲の人間も、とにかく驚いた。しかも、この『More Than a Feeling』だけではなく、アルバムすべての曲がキャッチーで良い曲ばかりなのである。
偏屈先生はロックは好きだが、アルバム全部を通して聞きたい作品はほとんどない。ピンクフロイドの『狂気』、ビートルズの『Abbey Road』、イーグルスの『Hotel Califorinia』くらいだろうか。その中に、まったく無名の新人バンドのデビューアルバムが、いきなり入ってきた……それほどのクォリティだったのだ。
ブラッドのヴォーカルは、その「驚異」のひとつだった。アメリカはやはり凄い! そう認めざるを得ないものだった。

Brad Delpは死んだ。自殺で。それは先生の中で、「凄い」アメリカの終焉でしかなかった。もう彼のことを思い出すこともないだろう。安らかに眠れ、ブラッドよ。あの世で、好きなビートルズの歌を、心の底から歌うことだ。そこには、ジョンもジョージもいるんだろう?

アメリカ。例の脱走兵がタクシー運転手を殺した事件のせいで、4月6日に予定されていた米軍基地開放イベントの多くがキャンセルされたという。どんどん、遠くなっていく、アメリカ。

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