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2008年8月

2008年8月25日 (月)

ある「オタ」の死

今日は月曜日である。
それだけで十分にブルーになれるのだが、加えて、朝からの鬱陶しい雨。
もっと鬱陶しい話でもしようか。

これれから書くことには、何の根拠もウラもない。あくまで伝聞をまとめるに過ぎないので、もしかしたら大間違いがあるかもしれない。でも、偏屈先生がこう見て、聞いて、感じたことだと理解していただければ幸いである。

8月3日、お台場のZEPP TOKYOでCX主催の『GIRL POP FACTORY』というミニPOPSフェスティバルがあった。名前の通り、出演者は全部女性(男性がバンドメンバーのケースは除く)で、中川翔子、青山テルマ、いきものがかり、HALCALI、そしてメインがPerfumeと倖田來未という面子だった。

主催のCXの運営がデタラメで、体調不良で倒れる者、耐えきれず退場する者、マナー違反で顰蹙を買う者が続出し、険悪な雰囲気のシーンもあったらしいが、先生は行ってなかったので詳しくは知らない。

この日、会場に集ったファンの約4割はPerfumeのファンだったらしいが、その最前列に「いるべき」オタ(通称ぱひゅオタ)が、一人欠けていた。

その人は、Perfumeの草創期(東京に出てきてからだが)から彼女を支えてきた「古参」と呼ばれる人々の代表格であり、象徴でもあった。

その人が、『GIRL POP FACTORY』の直前に亡くなっていたのである。本当は、何時亡くなったのかよくわからない。ネットではGPFの前日という情報もあったが、その情報を遺族から聞いてオタ仲間に伝聞した人のブログでは、「聞いた時点ですでに葬式も終わっていた」と書いてあったような気がするので、実際は7月末というのが正しいのだろう。
まあ、そんなこたぁどうでもいい。

故人の悪口はどうかと思うが、この人、決して評判の良い人ではなかった。少なくとも、「古参」に対する「新古参(メジャーデビュー以降にファンになった層)」「新参(ポリリズム以降のファン層)」からすれば、「最悪のクソ野郎」だった。
2ちゃんねるでも常に罵倒の対象でしかなかった人で、2ちゃんねらー曰く、「マナーゼロ」「メンバーに親しげ」「常に無理矢理最前列を確保」「新しいファンと呼吸を合わせず勝手にコール」などなど、言われたい放題だったのだ。だから、この人が死んだと知ったら、赤飯を炊かずとも、大笑いするくらいのことはされかねない人物だったと言えるだろう。

辛いインディー時代からメンバーを支え、「私たちは常にアウェイ」「私たちのファンはいない(あ~ちゃん)」とメンバーに言わしめた下積みの時代に、広い会場にたった一人しかいなくとも、Perfumeのファン代表として喉が嗄れるまで名前をコールし、販促イベントで売れ残ったCDをメンバーが悲しまないように全部買い取り続け、解散の噂が出たときは関係者でもないのに「解散させないでくれ」とアミューズのスタッフにお願いに行き、静岡という僻地(スマソ)に住んでいながら全国ツアーのすべてに参加してきたこの人にとって、ライブの最前列は常に指定席のはずだから、どんな手を使っても確保するべきだし、メンバーのコールだって、昔からのやり方が良いに決まってるから貫くべしと、既得権みたいなものを主張する気になったしても不思議ではない。
メンバーも当然この人のことは知っていて、特にあ~ちゃんは自分のファンということもあり、割と長時間話すこともあったという。

そういった、「思い上がった」行為は、すべて大多数の新参ファンから侮蔑の眼差しで見られていた。事実、先生が唯一参戦した6月8日のNHK『渋谷エコライブ』でも、『ジェニーはご機嫌ななめ』のあ~ちゃんへのコールで、古参と新参たちとの間で小競り合いがあったらしい(先生は遠くから見ていたので全然気が付かなかったけど)。

その『渋谷エコライブ』の最前列に、やはり彼はいた。しかし、体調が良かろうはずもなく、ライブの前には自らしゃがみ込んでしまったという。彼は、病の床から抜け出して、ライブに参戦していたのだ。

と、ここまで書いた分を読み返してみると、追悼文みたいに読めなくもない。冗談じゃない、見ず知らずの人間のために貴重な時間を割くほど偏屈先生もヒマじゃないのである。
話はここからなのだ。
前回のコラムで『SEVENTH HEAVEN』のことを書いた。しかも、誰もが良い歌だと認めているにもかかわらず、なぜかライブでパフォーマンスされることがないのだ、と。

彼の死が広まった次の日に開催されたGPF。そのセットリストには、なぜかこの歌があった。
彼が自ら書いた最後のブログのネタは、Perfumeの『love the world』がオリコンの一位に輝いたことだった。
オタ仲間とつながっているメッセンジャーのステイタスは、ずっと『edge』のまま。「誰だっていつかは死んでしまうでしょ だったらその前にわたしの 一番硬くてとがった部分をぶつけてsee new world」と歌う『edge』だった。もしかしたら、彼が最後に聴いたのも、この曲だったかもしれない。
そんなコテコテのぱひゅオタが死んだのだ。

Perfumeは、特にあ~ちゃんはその事実を知っていたのだろうか(知っていたという噂もあるが定かではない)。それとも偶然なのだろうか。まるで、天国に彼の魂を誘うように……珍しく、本当に珍しく……この『SEVENTH HEAVEN』を演(や)った。それは事実だ。

どれだけ キミのこと 想い続けたら
やわらかい 言葉じゃなくて キミに届く
もしもね この願いがちゃんと叶うなら
はじけて 消えてもいいよ ってどんだけ
SEVENTH HEAVEN

彼の願いはPerfumeに届いたのだろうか。本当にはじけて消えてしまった彼の存在は、天上の楽園に辿り着いたのだろうか。

当日のセットリストを見ると、この歌の後に、『スウィートドーナッツ』が続いている。メジャーデビュー前のインディーズ時代の代表曲だ。実はPerfumeは2003年に、このGPFに出演したことがある。そのときは同じ事務所のアーティストのおまけで出て、この一曲だけを「歌い逃げ」したらしい。その時のリベンジだと、MCであ~ちゃんは言った。そして、当時から見ていてくれた古参のファンへ、感謝の意を述べたという。
ぱひゅオタの彼が、2003年のこの場所にいたのかはわからない。でも、たぶんいたんだろう。

別に先生はこの人がこの世からいなくなっても、悲しくも何ともない。が、こうも思う。こんなバカの人生も、悪くないな、と。
それがどんなにくだらないことであっても、命を賭けて打ち込めば、きっと何か意味が見えてくるのだろう。ベーゴマ世界一だって、オリンピックのマラソン競技の金メダルだって、世界でただ一人の輝かしい実績だ。
それだけの価値が、Perfumeにはあると、彼は思った。
その、信じる心は、きっと尊い。誰に後ろ指を指されようと。

『スウィートドーナッツ』も『SEVENTH HEAVEN』も、きっと偶然に違いない。GIRL相手だから、そういう選曲になったにすぎないはずだ。

でも、もしかしたら。

昨日から『SEVENTH HEAVEN』を聞きながら、ぼんやりそんなことを考えていた。

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2008年8月23日 (土)

Seventh Heavenを聴きながら

せっかくの予言が、ある無能指導者によってはずされた、こんな辛い夜には、心を癒してくれる音楽が必要だ。
偏屈先生の場合は、何と言ってもPerfumeの『Seventh Heaven』だ。

Perfumeを見て、ある人が「新小岩のキャバクラにいそうな感じ」と名言を吐いたが、それを否定する気はない。フィリピンパブにいそうなメンバーも存在するくらいだ。
見た目はそうかも。でも、キラキラと踊る彼女たちは、異様にいきいきしているのだ。

ああ、そうなんだよな。このキラキラ感を忘れてしまっているんだよ、僕たちは。
Perfumeは本当に高齢のファンが多いんだけど、その理由はYMO世代だってことだけではなくて、このキラキラ感にあると断言してもいい。
人生の残りカスみたいなオジサンたちに、一時の休息と癒しを与えてくれる存在がPerfumeなわけですよ。

そのキラキラ感が爆発しているのが、この『Seventh Heaven』なんです。彼女たちは歌手でもアーティストでもなく、パフォーマーだと、偏屈先生は理解している。口パクなんか、何の問題でもないのだ。
とにかく、観ていただきたい。下のどれでもいいから、一度だけでも。

■本当は違法なDVDコピーバージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=B_1a5P3pvls

■FANの手作りMADバージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=8fvQkro1RgE

■七回忌法事バージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=rq9OP8sOwCk

以上がYoutube。以下はニコ動。

■同じく違法バージョン
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4278674
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4178990
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4178940

■インストバージョン
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4060218

『コンピューターシティ』とか『PSPS』とか、ほとんど世間には無名なのに、神曲と呼ばれる「手持ち」がこんなにあるグループも珍しい。これが、巷に数多ある即席アイドルとは違う、彼女たちの財産なんだよね。

本当に、紅白では何を歌うんだろう? 先生の予想では、『ポリリズム2008』(ポリリズムにltwを組み合わせて、年末バージョンとして編曲したもの。普通ならltwにポリを足すものだが、NHKだからゴリ押ししかねない)。

この曲かシクシクかedgeをやってくれないかなぁ。無理だろうな。

まあいいや。とにかく、嫌なことはみんな忘れて寝よう。給料も出たことだし。

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2008年8月22日 (金)

もう笑うしかない

偏屈先生、超動揺してます。

これだけは言いたい。

なぜ球児→岩瀬の順なの? なぜ球児が7回なの? なぜ不調の極みの岩瀬を出すの? 左対左だから? なぜ成瀬をもっと引っ張らなかったの? 7回に右が多かったから?

中途半端に形を崩して、しかも特定の個人に固執する……監督として二流だと思われても仕方がないわな。

はい、終わりました。ばーか。

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2008年8月21日 (木)

ある予言

昨日は負けても良かったんです。
ダルの2イニングは、決勝戦への肩慣らし。たぶんアメリカ×キューバでキューバが勝つ。で、ダルがキューバに雪辱というシナリオさ。
田中マー君、川上は、たぶんもう登板機会なし。最後の岩瀬は戦力外と判断し、火ダルマでも援護なし。焼けて燃え尽きてもいいやって感じ?
重要なことは、今日杉内が投げなかったこと。つまり、今日のアメリカ戦は杉内、成瀬を温存するための捨て駒にしかすぎないと。
22日の韓国戦は、和田4~5回、後を杉内、場合によっては成瀬を投入。先の韓国戦で和田を引っ張りすぎた反省から、3人の左腕の継投でゼロに抑えにかかるとみた!

で、勝つと。

23日は、ダルで引っ張れるだけ引っ張って、場合によっては川上あたりを挟み、必要によっては前日の韓国戦の余りの左腕をワンポイントに使って、後を球児、上原で締める……これしかないでしょう。

いけます。予言します。

ところで、女子ソフトの上野は凄い! 一日で3試合分を投げているんですよ! しかも決勝も投げると言ってるし。まあ、控えのピッチャーの立場は微妙だが、もう仕方がないでしょ! 昔、ハンカチ王子が甲子園で二連投したときは批判的だった偏屈先生も、上野には脱帽。恐れ入りました。
気の済むまで投げてください。結果がどうあれ、あなたを責める人はいませんから!

にしても、女は強い。なでしこにしても……男子サッカーって、出てたんでしたっけ?

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2008年8月11日 (月)

残暑見舞い申し上げます。Ⅱ

(前回の続き)
……どっかの国でオリンピックなるものをやっているとか。
この国にオリンピックをやる資格があるのか大いに疑問ではあるが、まあ、それは今回話題にするのは止めておこう(ちなみに、「オリンピック」という言葉は、金を払った企業しか使えない言葉なのですぞ。一般企業は「北京」とか「五輪」とか、何だかよくわからない言葉しか使っちゃいけないのだ)。

ちょっと谷選手の出ていた柔道を見ていて思ったのだが、あれって、柔道なの? 組まないで腰引いて、タックルに来たら上から潰して、反則招いてポイントで勝つ……ねぇ、それってレスリングとどこが違うの?

昔からのスタイルって、もうぶっ壊れてるよね。
本質もへったくれもないわけ。ただ合理的に勝てばいいわけ。スピードアップとか、TV映えとか、そんなものが求められててさ、「精神」ってどこかに置き去りにされちゃったわけですよ。
バカみたい。そんなのスポーツじゃないじゃん。

前回の話で言えばさ、江戸の(というか東京の)粋ってのは、シロップを見た目も華やかにドバッと掛けるなんざ、いやらしいってことなんだけど、もうそんな「こころ」を重んじる時代じゃないもんね。
まあ、「見た目」で決まる時代なんだよねぇ。

そのオリンピックだけど、今回は悲惨な結果に終わる気がするな。たぶん、金メダルなんか、柔道と女子レスリングでしか取れないのでは? 水泳も難しいでしょ。野球もソフトもダメだね。でもいいんじゃない? 期待しないで見守りましょう。
たまにはまともなことも言うでしょ?

P.S.世間はお盆休みらしいねぇ。電車は混んでるままなんだけど。しかも、いつも乗る電車で目の前に座ってる人が、偏屈先生と一緒の某社のビジネスバッグ(しかも同じ色!)を持ってるんですよ。で、いつもお互いに気まずい思いをしているわけ……でも、お互いに持ってくるのを止めないんですよ。変な意地の張り合いって……。

P.S.のP.S.夏フェスに引っ張りだこのPerfume。客寄せパンダという非難もあるが、実際に客寄せしちゃってるから恐い。この前のRock in Japan 2008なんか、小さな会場、しかも二日目の朝イチというハンディにも関わらず、観客が1万人以上集まり、しかも入場制限をしたらしい。偏屈先生は密かに『edge』を演ってくれるのではないかと期待していたのだが、ロックフェスっぽい曲は『Game』と『Electro World』だけだったみたい。『edge』は武道館まで待てということか(もしかして、まだ振り付けしてないのでは?)!
待ちましょう。ふふふ。

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2008年8月 8日 (金)

残暑見舞い申し上げます。

昨日8月7日は立秋だった。すなわち、今日から秋である。故に、「暑中見舞い」じゃなくて「残暑見舞い」になるわけだ。
なんてタメになるコラムだろう……え、そんなこたぁ常識だって? じゃあ、8月6日は「節分」だったって知ってる? 立春、立夏、立秋、立冬の前日のことを「季節を分ける」と書いて「節分」と言うのだよ。「節分」と言えば豆をまくもんだと思っていたら大間違いです。
……何いばってんだよ。

今日、ランチにてんやに行ったら、社長のエッセイみたいなのがパウチされて各テーブルに置いてあり、イヤ~な気分になった。富士そばとかもそうなんだが、あの手のミクロ商売の社長の立身出世物語なんぞ、誰が聞きたいと思うのか。富士そばなんか、社長の作詞した演歌のCDを売ってるくらいだし。
まあ、それはどうでもいいや。
てんやの社長の説では、フォッサマグナの西と東でかき氷の仕様が違うとか。西は削った氷の上にシロップをかけるが、東、特に東京はまず器にシロップを注いでその上から削った氷をのせるので、一見すると何もシロップをかけていないように見えるそうな。
う~ん、同じネタをテレビ東京の『和風総本家』という番組でやっていたぞ。パクリ?
それよりも言いたいのは、ただ一言。「そんなこたぁね~よ」

実際、偏屈先生はバリバリ関東人だが、子供の頃から、シロップはちゃんと外からもかかっていたぞ。もちろん、器の中にもあるんだけど、現代っ子は「隠す粋」なんざわからないから、見た目でわからないとNG。もしかしたら元々は関東スタイルだったのかもしれんが、すでに昭和の時代から関東+関西の折衷案になっていたわけだ。

まあ、世の中そんなもんで、別にどうでもいいスタイルに固執する必要はないのである。
なんでこんなことを書くのかというと……(暑くて頭が働かないので、以下次回へ続く)。

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2008年8月 5日 (火)

忘れようとしても思い出せない話

別にそれが天才であろうとなかろうと、人がひとり死んだくらいで世の中は変わったりはしない。
ああ、もちろん赤塚不二夫(本名藤雄)さんの話だ。
正直に言えば、偏屈先生は幼少のみぎりからずっとこの人のマンガを読んでいた。……にも関わらず、代表作と呼ばれる『おそ松くん』で二作ストーリーを覚えているだけで、あとは、作品そのものについてはまったく記憶がない。『天才バカボン』だって『もーれつア太郎』だってそう。
覚えているのは、出っ歯で細目のイヤミだったり、おでんを常備するチビ太だったり、デカパンだったりハタ坊だったりニャロメだったりウナギイヌだったり目のつながった(日本一弾丸消費量の多い)おまわりさんだったりレレレのおじさんだったりケムンパスだったりするだけ。
それでいいのだ。

この人が、本当に輝いていたのは、『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』から『天才バカボン』『もーれつア太郎』までの十数年間と言われている。先生もそう思う。
この後もいろいろと書いておられたが、正直「からまわりしてる」ものばかりだったし、如実に自分で絵を描いていないのが見え見えだったので、残念ながらあまり良い印象は残っていない。
先程ストーリーの記憶がないと言ったが、ギャグマンガなんてのは所詮はそんなものでしかなく……先生はあまり好きではないが……故手塚治虫氏のマンガが芳醇な泡盛か特級日本酒ならば、この人のマンガなんか、コカ・コーラみたいなものでしかない。
でも、それでいいのだ。

特級酒は、冷蔵庫に入れて、喉が渇いたからといってガブガブ飲むもんじゃない。その前後に「大切な人」「濃厚な時間」があって……つまり何らかのドラマがあって、はじめて杯を交わすもの。でも、コーラは違う。暑いから、喉が渇いたから、食前食後にさっぱりしたいから、冷蔵庫の中で冷えているから……要するに、何のこだわりもなく、飲みたいときに飲むものだ。サイドストーリーなんか無くても、そのときに喉越しが爽やかで刺激的なら何でもいい。そのときの刺激が強ければ強いほどいい。それだけ。
赤塚マンガは、この刺激がもっとも強烈な作品だった。

マンガに限らず、ソフトウェアってものは時代とともに価値観が変遷する。
ただし、そのものが持っている「ブランド」は、優れたものであれば必ず残っていく。それはマンガの世界では「キャラクター」に当たるのだと思う(手塚先生のマンガだってそうだ。手塚マンガだから面白いのではなく、ブラックジャックが「そこにいる」から面白いのだから)。
この御大二人の共通点は、「どんな作品にも出現できるキャラを沢山持っていること」と「映画や民話・小説が好きで、その影響が非常に強いこと」だ。
赤塚マンガはギャグのせいもあって見逃されがちだが、実は非常に理知的で考え抜かれている。先に述べた先生が覚えている赤塚作品も、実は有名な民話が基になったものだ。
実は(この言葉が多いな、今回は)、偏屈先生には、様ざまな論者が言うほど赤塚マンガで腹を抱えて笑った経験がない。本当に、まったくない。しかし、「面白かった」のは確かだ。読んでいて、子供心に「ああ、この人は頭のいい人なんだな」といつも思っていた。何かが、『サザエさん』系の「ほのぼの笑い」とは違う。「面白い」感覚が、針のように身体に刺さってくる、とでも言ったらいいのだろうか。そんなフィーリング。
アナーキー。全共闘。無頼。そんな言葉を知る由もない子供にさえ、そう感じさせるエスプリ。一見ハチャメチャに見えるスラップスティックだからこそ、それをコントロールする知性が光ったマンガだった。

もう一言だけ。
赤塚マンガを知らずとも、誰でも……昭和40年代までの生まれなら……ニャロメかケムンパスかウナギイヌを絵に描いたことがあるはず。新聞の折り込みチラシの裏に、チビた鉛筆でガリガリ描いたことがあるはず。
そんな記憶が残っている限り、赤塚マンガは永遠に受け継がれていくに違いないのだ。

P.S.今回のネタは年齢バレバレの話になってしまった。もう少し最近のことを書くか。
今日、縁があって『SEX AND THE CITY』の試写会に行った。場所はミッドタウンの33階の某社の試写室である。このミッドタウン、猫が異様にいっぱいいることは以前も書いたような気がするが、今回は大雨で庭園で猫を探すどころの話ではない。なにせ、帰りは架線が落雷で切れて、二時間も掛かったし(行きは35分だ)。
映画の内容は……よくわからない。何せ、TVシリーズを一回も見たことがないし、年増ババアの白人は完全に興味の対象外なので。
しかし、これだけは絶対に言える。
「人間は金持ちの方が偉い。」

P.S.もう一丁。実は赤塚不二夫は、生前から「死亡記事」が用意されていた希有な存在であった……つまり、ガンで倒れた日から、マスコミは「いつ死ぬか~」と待ちかまえていたわけだ。実は、すでに死亡記事が書かれていると言われている「大物」があと二人いるらしい。一人は「森○久○」もう一人は……恐くて書けねぇ(笑)。

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