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2008年8月 5日 (火)

忘れようとしても思い出せない話

別にそれが天才であろうとなかろうと、人がひとり死んだくらいで世の中は変わったりはしない。
ああ、もちろん赤塚不二夫(本名藤雄)さんの話だ。
正直に言えば、偏屈先生は幼少のみぎりからずっとこの人のマンガを読んでいた。……にも関わらず、代表作と呼ばれる『おそ松くん』で二作ストーリーを覚えているだけで、あとは、作品そのものについてはまったく記憶がない。『天才バカボン』だって『もーれつア太郎』だってそう。
覚えているのは、出っ歯で細目のイヤミだったり、おでんを常備するチビ太だったり、デカパンだったりハタ坊だったりニャロメだったりウナギイヌだったり目のつながった(日本一弾丸消費量の多い)おまわりさんだったりレレレのおじさんだったりケムンパスだったりするだけ。
それでいいのだ。

この人が、本当に輝いていたのは、『おそ松くん』『ひみつのアッコちゃん』から『天才バカボン』『もーれつア太郎』までの十数年間と言われている。先生もそう思う。
この後もいろいろと書いておられたが、正直「からまわりしてる」ものばかりだったし、如実に自分で絵を描いていないのが見え見えだったので、残念ながらあまり良い印象は残っていない。
先程ストーリーの記憶がないと言ったが、ギャグマンガなんてのは所詮はそんなものでしかなく……先生はあまり好きではないが……故手塚治虫氏のマンガが芳醇な泡盛か特級日本酒ならば、この人のマンガなんか、コカ・コーラみたいなものでしかない。
でも、それでいいのだ。

特級酒は、冷蔵庫に入れて、喉が渇いたからといってガブガブ飲むもんじゃない。その前後に「大切な人」「濃厚な時間」があって……つまり何らかのドラマがあって、はじめて杯を交わすもの。でも、コーラは違う。暑いから、喉が渇いたから、食前食後にさっぱりしたいから、冷蔵庫の中で冷えているから……要するに、何のこだわりもなく、飲みたいときに飲むものだ。サイドストーリーなんか無くても、そのときに喉越しが爽やかで刺激的なら何でもいい。そのときの刺激が強ければ強いほどいい。それだけ。
赤塚マンガは、この刺激がもっとも強烈な作品だった。

マンガに限らず、ソフトウェアってものは時代とともに価値観が変遷する。
ただし、そのものが持っている「ブランド」は、優れたものであれば必ず残っていく。それはマンガの世界では「キャラクター」に当たるのだと思う(手塚先生のマンガだってそうだ。手塚マンガだから面白いのではなく、ブラックジャックが「そこにいる」から面白いのだから)。
この御大二人の共通点は、「どんな作品にも出現できるキャラを沢山持っていること」と「映画や民話・小説が好きで、その影響が非常に強いこと」だ。
赤塚マンガはギャグのせいもあって見逃されがちだが、実は非常に理知的で考え抜かれている。先に述べた先生が覚えている赤塚作品も、実は有名な民話が基になったものだ。
実は(この言葉が多いな、今回は)、偏屈先生には、様ざまな論者が言うほど赤塚マンガで腹を抱えて笑った経験がない。本当に、まったくない。しかし、「面白かった」のは確かだ。読んでいて、子供心に「ああ、この人は頭のいい人なんだな」といつも思っていた。何かが、『サザエさん』系の「ほのぼの笑い」とは違う。「面白い」感覚が、針のように身体に刺さってくる、とでも言ったらいいのだろうか。そんなフィーリング。
アナーキー。全共闘。無頼。そんな言葉を知る由もない子供にさえ、そう感じさせるエスプリ。一見ハチャメチャに見えるスラップスティックだからこそ、それをコントロールする知性が光ったマンガだった。

もう一言だけ。
赤塚マンガを知らずとも、誰でも……昭和40年代までの生まれなら……ニャロメかケムンパスかウナギイヌを絵に描いたことがあるはず。新聞の折り込みチラシの裏に、チビた鉛筆でガリガリ描いたことがあるはず。
そんな記憶が残っている限り、赤塚マンガは永遠に受け継がれていくに違いないのだ。

P.S.今回のネタは年齢バレバレの話になってしまった。もう少し最近のことを書くか。
今日、縁があって『SEX AND THE CITY』の試写会に行った。場所はミッドタウンの33階の某社の試写室である。このミッドタウン、猫が異様にいっぱいいることは以前も書いたような気がするが、今回は大雨で庭園で猫を探すどころの話ではない。なにせ、帰りは架線が落雷で切れて、二時間も掛かったし(行きは35分だ)。
映画の内容は……よくわからない。何せ、TVシリーズを一回も見たことがないし、年増ババアの白人は完全に興味の対象外なので。
しかし、これだけは絶対に言える。
「人間は金持ちの方が偉い。」

P.S.もう一丁。実は赤塚不二夫は、生前から「死亡記事」が用意されていた希有な存在であった……つまり、ガンで倒れた日から、マスコミは「いつ死ぬか~」と待ちかまえていたわけだ。実は、すでに死亡記事が書かれていると言われている「大物」があと二人いるらしい。一人は「森○久○」もう一人は……恐くて書けねぇ(笑)。

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