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2009年3月31日 (火)

異分子排他論 後編

偏屈先生はK国だけではなくC国も好きではない。逆に割とフランスとか西欧の国々が好きなのだが、その理由は簡単、「自分と違っていても他人を許せるし、また許される」からだ。
個人主義ってのはそんなもので、自分の「個」を認めてもらう代わりに、他人の「個」も認めなければならない。それは結構勇気のいることなのだ。

社会という「村」は、他人を認めないと成立しない場所である。
ただし、どうしても「コイツは自分と相容れない」と感じてしまう人間がいる。それを我われは「キチガイ」と呼び、差別するのだ。理由は簡単、「理解できない」からである。
しかもさらに悪いことに、外観が自分に似ていれば似ているほど、この「理解できない」が我慢できなくなるのである。
偏屈先生が西欧人が好きなのは、はっきりと「自分と違う」と言い切れるからであるとも言えるだろう。もし、西欧人とK国人が自分を見てニタニタ笑っていたとしよう。読者諸君(いるのか?)はどちらに不気味さを感じるだろうか? 偏屈先生は、西欧人に対しては「怖い」と感じるが、K国人に対しては「何だ、ゴルラァ」と思う。いわゆる近親憎悪ってやつだ。
その根底には、相互に侮蔑とか差別意識とか、ドロドロ黒く流れるものがあるのかもしれない。はっきり言ってそれは否定できない。彼らだって馬鹿じゃない。だからこそ、自分たちが侮蔑されることに異常にナーバスになるし、逆に力を(必要以上に)誇示しようとするわけだ。
存在意義は「上か下か」。それぞれが違っているんだから、それはそれでいいじゃんと割り切れないのである。何が何でも優劣を付けないと気がすまない……まるで、「ヤツラ」よりも優れていないと、自分たちの存在意義すらないと言わんばかりである。
よくネット右翼と言われる輩は、この感覚が異常に強い人々なのだ。

もうどうしようもない。
「放っておいてくれ!」と叫びたいのである。良い意味で、お互いを無視すればいいのだ。鏡に映っているのは自分なのだよ。それに難癖付けて面白いの?

ジョン・レノンは「国なんてものはないんだよ」と歌っていたが、冗談じゃない。
予言しよう。今後1000年は、地球はひとつにならない。殺し合いは続く。「自分たちと似ていて自分たちとは違うヤツら」を根絶やしにするために。

もし地球がひとつになることがあるとしたら、凶悪な宇宙人がやって来て、「従わなければ皆奴隷か家畜にするぞ」くらいの脅しをかけてくれれば……と密かに思っていたが、それも幻想かもしれない。その宇宙人に従う国と従わない国で戦争が始まるだろうし、何よりも「ヤツラと一緒に戦うくらいなら家畜の方がまし」くらいのことを考える人たちもいるはずだし。

まあ、ひとつ言えることは、「相手を認めなければ相手からも認められない」ということだ。偏屈先生のような狭量の人間は駄目である。
幸い、最近のウォン安を背景にしてK国旅行が大人気だそうな。知り合いにも訪Kする方がいるらしいので、あまり彼の国をどうのこうの言うのは止めにしておこう(以前、もうあの国に対してはものを言わないと書いたし)。ただ、残念ながら個人的には絶対に相容れない。歴としたプロ野球球団が「イチローを暗殺せよ」Tシャツを作って、売り出しちゃうような国とはね。

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