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2009年8月30日 (日)

8月の終わりに想ふ

いきなり夏の終わりがやってきやがった。
まだ海にも行っていないのにもう終わりか。仕方がないので、ちょっとこの夏の想い出めいたものを書いてみることにしよう。

お盆明けの日曜に、親の実家に墓参りに行ってみた。
毎年行く度に、微妙に少しずつ田んぼが安っぽい建て売り住宅に変わっているものの、比較的往時の面影を留めているような気がする。
寺の参道(と言うのか?)に連なる樹齢100年くらいの木々には、相変わらすセミが群がっており、行く夏を惜しむように鳴きちらかしている。それにしても、一本の木に8~9匹ものセミが並んで留まっているのを久しぶりに見た。都会では、「今年はセミが少ないねぇ」などと話題になっていたほどなのに、さすが、いるところにはいるものである。
何とはなしに他家の墓標を見ていると、昭和16~20年没の御名前が多いことに気づく。特に若い層に。戦争でお亡くなりになったということなのだろう……直接的にも間接的にも。

そのとき、ふと思い出したのだ。
NHKは、この時期に「第二次世界大戦の証言」みたいな特集を放送するのが常になっている。今年は旧海軍幹部による戦争責任の反省会の話だった。当時絶大な発言力を持っていた海軍参謀本部のスタッフ2名を筆頭に、現場の責任者クラスの将校が入れ替わり立ち替わり参加し、月に一度「あの戦争はなぜ起こったのか」「なぜ止められなかったのか」を話し合う会だったらしい(現在は開催されていない。何せ、当事者がほとんど生き残っていないので)。
都合500回近く催されたこの会であるが、一般公開されていないこともあり、その存在自体が知られていなかった。当然、その開催主旨である「二度と戦争を起こさないための反省」がどう今後に活かされていくのかと言えば、はなはだ不明確と言わざるをえない。それどころか、原則として討議内容は非公開だそうで……せっかくの貴重な証言なのに、何のために集めたのかさっぱりわからない。
まあ、今回国営放送が発掘してくれたので、こうやって陽の目を見ることができたのだが……。

内容としては……もし、これが真実であるならば……恐ろしいと言わざるを得ないレベルのものであった。
当時の参謀本部は海軍省からも半ば独立した存在であり、皇族を部長に迎え、絶大な発言力を持っていた。しかも、現場の中から選りすぐられたエリートの集団であり、海軍最高の頭脳集団であった……はずなのだが、実際の発言を聞いている限りでは、単なる神経衰弱の患者の寄せ集めのように思えてしまうのだ。
つまり、内乱のせいだと。資材調達部の人間(今回の初期の出席者)は、とてもこんな武器類でアメリカと戦争なんかできるものではないと進言したが、時の部長が強硬に開戦を主張したということらしい。その理由は、「現場主導の内乱が恐かったから」。つまり、軍部、特に現場の開戦主張がことの外強く、もし参謀本部がそれを抑えようとすると(海軍参謀本部もターゲットに含めた)2.26事件のようなクーデターが起こり、シビリアンコントロールは失われ、結局は開戦に持ち込まれる。そうなった場合、満足な準備もできずに戦争をしなければならない羽目に陥るので、そうなるくらいなら、先に参謀本部主導で戦争を始めた方が、まだ勝てる可能性が高かったのだと……。
まあ、この状況を信じるのであれば、当時の日本には「戦争を回避する」というカードは無かった……と軍部が思い込んでいた……わけだ。もっと突っ込んで言えば、クーデターを起こすのは陸軍である。つまり、同じ戦争をするにせよ、陸軍主導は死んでもイヤ、どうせ戦うなら海軍主導で、ということ。立派なセクト主義的発言であり、国の行く末とか国家の存亡とか、果ては天皇制の維持とかいった大局を見失った愚見である。

あまりにバカバカしくて、開いた口がふさがらない。
彼らのオプションには、軍部(陸軍)を抑え、不戦を維持するという選択肢はなかったのだ。こんなバカどものために、300万人以上の日本人が亡くなったことを思うと、不憫でならない。
戦争終結に際し、天皇は「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と言ったが、もしその精神があったのであれば、それを発揮すべきはこの開戦前ではなかったのか。確かにあのとき日本は、アメリカなどの経済包囲網でにっちもさっちもいかなくなっていた。エネルギーの枯渇と共に国民は苛立ち、生活は徐々に困窮し、軍人は屈辱感を増していった。でも、もし日本の未来を真摯に考えることのできる賢人が軍部にいれば、別の選択はあったはずなのだ。

ふと気付くと、辺りは相変わらずの蝉時雨。
もう車に乗らないと日射病で死んでしまう。最近、偏屈先生は体力の衰えが激しく、結構ヤバイのである。
考えてみれば、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」とは今の先生の立場ではないか。動きたくても動けない。そんな世の中だ。
愚痴はこんなブログではらすしかない。

夏は、こうやって過ぎ去っていくのである。

今日は選挙だ。嗚呼、しんど。

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