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2011年5月20日 (金)

「らしさ」と「押し付け」

Twitterでadidas銀座店の店員(新入社員)がお客について中傷発言をして、見事にねらーに晒されてますね。バカだよな。うん、バカ。

Twitterがどうのこうの言うより、社会人としてバカ。この人、adidasに内定決まったとき、わざわざ「スニーカーはナイキとコンバースが好き。アディダスは一足も持ってません」とかつぶやいてるんですね。何だろう、この突き抜けたバカさ加減は。
しかもこの人、W大卒の在日なんですよね。mixiとかTwitterでは、「日本が嫌いだから国(あの国ね)に帰りたい」とかつぶやいちゃってるんで、もうネット右翼(って言うか、単なるねらー?)の「帰れ」コールの集中砲火を浴びております。
実名も顔写真もゼミでの紹介プロフィールも、すべてネットに晒されました。
彼女の人生に幸あれ…………ちょっと難しいかな(笑)。

いつも思うのだけど、こういう接客業の関係者がお客の個人情報とかを平気で喋るのっておかしくない? って言うか、おかしいんですよ! マナーとかの問題じゃなくて、もう存在そのものの否定だって気付いてほしいよ。
雑誌の企画で、風俗嬢の「仮面の告白」みたいなのをよく見かけるけど、あんなの絶対に許されることじゃないでしょ。それをやった瞬間に、風俗に行く意味すらなくなっちゃうんだから……風俗って、「表」で得られない快感を「裏」で得ることに意義があるのであって、それを「表」に引っ張り出しちゃいかんでしょ。少しは「職業意識」ってものを持ち合わせていただきたいですよね、編集者にも風俗嬢にも。

以上の基地外は一刻も早くこの世から消えていただければいいのですが、問題は先のバカ店員が、「好きな3人組」としてPerfumeを挙げていること。う~ん。Perfumeのファン全員が聖人君子とは思えないのですが、玉石混淆ってことですかね。
ここに噛みついてくるアンチがいなければ良いのですが。

それで思い出した。
『微かなカオリ』の評価が二分していますね。
まあ、予想通りと言えばそれまでなのですが、好きな人は「心が癒される」「感動で涙が出た」とまで評価しているのに対し、嫌いな人は「Perfumeじゃなくてもいい」「らしくない」とバッサリ。
偏屈先生は、どちらかと言えば前者に近いです。少なくとも、聴いていてすごく心地よいわけで。そこにはPerfumeとかいう歌い手の問題はなくて、純粋に「好き」で「気持ちいい」んです。

そもそも疑問なのは、後者の人は何をもって「Perfumeらしい」って考えるんでしょう?
近未来っぽくない? ピコピコズンズンじゃないとダメ? ダンサブルじゃないと意味がない? ……はぁ?って感じですよ。
よく、Perfumeはアイドルなのかアーティストなのかというのが問題になりますが、少なくとも本人たちは自らをアーティストとは思っていないみたい。A嬢は「Perfumeの掟」として自分たちを「アイドル」と言い切ってますし。
偏屈先生的にはどっちでもなくて、パフォーマーという解釈なんですけど、まあ、それはどうでも良くて。
言いたいことは、みんな自分の理想を「Perfumeらしい」と思ってるってことですね。

その昔、中国の文人・魯迅先生が喝破した「ヒト」の真理にこんなものがあります。
「現在羽振りが良い人は現状維持を主張し、過去に羽振りが良かった人は回帰とか復古を主張し、未だに羽振りが良かったためしのない人は改革を主張する」
……結局、自分にとって一番都合の良い瞬間が「フツー」のデフォルトになるわけです。

古いPerfumeファンは、今後の彼女たちの飛躍の重荷になります。例えば、いまだに『エレクトロ・ワールド』が最高傑作だと主張する人は大勢います。この人たちの多くは、「あの時期が一番良かったから、あの時期のスタイルに戻ってほしい」と思っています。でも、彼らは、エレワが今までのPerfumeのシングル売上の最低数しか稼いでいないことを忘れています。
時代が追いついていなかったから? ノンノン。違いますって。彼女たちの存在は、当時は「際物」だったんですから。今、それに戻るなんてあり得ないんですよ。ある意味で、立場が変わってるんです。彼女たちは、業界を牽引しなくちゃいけないポジションになっちゃったんです。

でも、同じサウンドを続けていけば、いつかは飽きられるし、新しいファンもついてこない。マーケットは縮小していくんです。どこかで、新しいスタイルを作り上げて、徐々に変わっていくことで、「新陳代謝」を繰り返しながら拡大していかねばならないんです。

過去の名曲は、彼女たちの大切な宝もの。でも、宝ものを常に持ち歩くわけにはいかないんですね……いろいろな意味で重たいですから。
グループのために、チームのために、大きく成り続けることが、現在の彼女たちに課せられたタスクです。そのためには、何かを脱ぎ捨てて、何か新しいもの身に付けることが必要だとしたら、「自分の好きな過去のスタイル」を維持しないことを、なんでイチFANが自己都合で簡単に批判できるんですかね? それは、単なる個人の理想の「押し付け」でしょ?

あの、ジョン・レノンだって、ソロ活動を始めたときに、「ビートルズのスタイルを捨ててしまわねばならない。いつまでもそのままでいたら、博物館か記念碑になってしまう」と言い切っています。この言葉を聞いたとき、ビートルズFANは心底がっかりしたんですが……でも、その後の彼の活躍はご存知の通り、です。

変わること、新しいことにチャレンジすることは、ちっとも悪いことではない。問題は、そこにきちんとした思想とか戦略があるかどうかということ、そして、そこから生まれた作品自体が良いか悪いか、です。「らしくない」とか「Perfumeがやる意味がない」なんてことを考える必要はありません。極端な話、民謡を歌ったっていいんです。ポイントは、それがPerfumeらしくなっているか、作品として完成されているか、今後につながるか、でしょ?

そういう意味で、『微かなカオリ』は憎たらしいほど完成された歌です。あとは、それが好きか嫌いか、だけじゃないですか?

まあ、百歩譲って、実際にお金を出して購入した上で、「聴いてみて全然Perfumeらしさが発揮されていない」という評価なら、それは建設的な批判で大変よろしいのではないかと。
でも、Amazonとかオリコンの書き込みって、どう見ても「こいつ、絶対にCDを買って聴いてないよな」という意見の多いこと。オリコンは……まあ、終わってるメディアだから良いとしても、Amazonは購入者だけにInvitationを送ってログインさせ、そこではじめて評価を書き込める仕組みにしてほしいよね(マーケットプレイスはそうなってるし)。
じゃないと、AKBとかK-POPジャンキーの工作員が、一生懸命評価を下げようと躍起になって頑張っちゃいますからね!

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